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第三章 3

(いっく~ん……)  大事(おおごと)になりそうな予感がしたが、僕はおろおろするばかりで、樹の名前を呼ぶだけだった。  しかも、心の中で。 「お前らだな、最近この辺りで落書きしてるのは」 「それがどうした」 「みんな迷惑してる、これも消してけ」 「なにっ」 「バッカじゃねーの」  樹の言葉もやや陳腐だが、中学生のほうも同じ言葉を繰り返すだけ。 「あ、こいつ。この間の」  一人が何かに気づいたらしい。 「コンビニで」 「あ、そう言えば、最近M小の奴にいろいろ邪魔されてるって」 「それは、俺だ! 悪いことをするヤツは俺が許さん!」  手に腰を当て、何処かどや顔。 「なんだ、それ」 「正義のヒーローかっつうの」 (そうだったー。  いっくん、正義のヒーローに憧れてたんだー)  怯えも一瞬飛び、がっくりと肩を落とす。  小学生とは思えない体格。最近格好良さも増した。  でも中身はまだ全然子ども。いっそ、僕よりもずっとずっと純粋な程に。  日曜朝にやっているヒーロー番組を欠かさず見ている彼は、正義のヒーローに憧れている。  “こんな場面”では、こうやって正々堂々名乗りをあげる。僕が居合わせた数度もそうだった。だから、たぶんそれ以外の時もそう。  どうやら、K中の所謂“不良”と呼ばれる人達の間では噂になっているらしい。 「やっちまうか」  一人の口から酷く低く不穏な呟きが漏れると、 「やっちまおうぜ」 「やっちゃえ、やっちゃえ」  すかさず笑い混じりの声が口々に発せられた。かと思うと間を置かず、一斉に樹に飛びかかった。  殴られたり蹴られたり。樹もすばしっこく逃げたり応戦したりしているが、人数が多くて躱しきれない。  樹はけして喧嘩慣れしてるとか、強いというわけではない。すばしっこさと足の速さ、それなりの効力を発する腕力はある。  でも、それだけだ。  今までは逃げ切れたり、大人の介入があったりで、それ程大怪我をしたことはなかった。それでも、いつも擦り傷はあった。  今回のは、今までにない“大事(おおごと)”になる、そんな状況だ。 「ど……」 (……しよう。誰か呼んでくる?)    見ると、樹は完全に捕えられていた。後ろから二人に押さえられ、他の三人に殴られたり蹴られたりしている。  なまじでかいだけに、相手が小学生であるということが頭から抜けているのか、全く遠慮がなかった。 「どうした、どうした? さっきの威勢は何処へいったんだー?」  そんな使い古されたような言葉も、目の前に繰り広げられている場面(シーン)も、漫画かドラマの中の出来事のようだ。  樹は時折痛そうに顔をしかめるが、きっと目の前の男たちを睨みつけている。

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