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第三章 4

   (ヤバいヤバいヤバい) (なんとかしなきゃなんとかしなきゃなんとかしなきゃ) (いっくん!) 「いっくーーーん!!」    混乱の末、僕は彼の名を呼びながら走りだしていた。  が。 「来るなっ!」  間髪入れず飛んできた声に、ぴたっと足を止める。 「逃げろーーーっっ!!」 「え……」  すぐに理解出来ずにいると、五人のうち二人が樹から離れ、こちらに走って来る。  それは目に入っている。  でも、身体がすぐには動かない。樹の元に走るか、それとも、逃げるか。相反する選択肢に頭も身体も混乱する。 「ナナーーっっ!!」  名を呼ばれ、はっとした時には二人に両側から腕を掴まれていた。 「ナナちゃんて、言うんだ~。可愛いね」  片方がにやにやしながらそう言えば、 「可愛いって、小学生だろ。って言うか、男じゃん」  そう怪訝な顔をして突っ込む。 「男だって可愛いだろ~。あんなヤツの友だちとは思えねぇーわ」 「それは、そうだ」 「キミ、ホントはイヤなんじゃないの~? ボクらがやっつけてやろうか~」  軽い口調で口々に言いながら、少しずつ石碑の方へ引き摺られて行く。引き摺られて、というより、もう爪先が浮いているような感じだ。  どっどっどっ。  頭の中に心臓があるみたいに、物凄い音がしている。 (なに。なに。なに) (こわい。こわい。こわい)  初めて味わう恐怖だった。  目の前がぐるぐるして見えないし、身体は思うように動かない。  自分では懸命に身体を捩って振り(ほど)いてるつもりが、実際はこれっぽっちも動いていない。 (どうしたら。どうしたら)  頭の中もぐるぐるしてその言葉ばかりを繰り返す。  その時。 「……ってぇーっっ! こいつ、噛みつきやがったっ」   進行方向で騒ぎが起きた。  やっと神経が繋がったみたいに目の前が(ひら)けた。  樹を捕まえていた二人の内一人が手を離す。それと同時に自分の目の前にいる男子の急所に蹴りを入れる。 「いっ……!」  蹴られた相手は言葉に出来ないくらいに痛いらしい。  不意を突かれ、陣形は崩れた。  もう一人の緩んだ手から樹は抜け出し、こちらに走って来る。 「ナナっ!」 「いっくん!」  勇気を貰って僕も精一杯身体を捩る。この状況に気を取られていた二人の腕から、なんとか抜け出すことが出来た。 「ナナっ! 逃げるぞっ」 「うんっ」  樹が早くも僕に並び、追い抜きがてら、僕の手を握った。   「追いかけろっ!」 「逃がすか」  遅れて反応示す中学生たちの声が後ろから聞こえてくる。 「わー」と叫びながら走ってくる音。  僕らは懸命に走る。 (でも。でもね)  「あ……」    樹もかなり焦っていたのだろう。  いつもはある気遣いも忘れてしまうくらいに。  僕が全力で走る樹と同じ早さで走れるわけがないことを。  握っていた手が離れてしまっても、一瞬気がつかないくらい、樹にも余裕がなかったんだ。  まず僕の傍にいた二人が追いつき、僕に覆い被さる。それから一人二人とそれに続き、僕は顔面から地面に倒れた。その後も更に重みが増していく。  僕が最後の力を振り絞って顔を地面から少し上げ見えたのは、漸く気がついて立ち止まった樹の姿だった。 「ナナーーーー…………!」   (ああ。  いっくんが、呼んでる……)  ──それがその時の、最後の記憶。

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