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第四章 1

 ** 第四章 **     本当に運が悪かったんだと思う。  ただ、それだけのこと。  手入れされていない公園の、下草に隠れて見えない大小の石はけっこうある。土に埋まっていて頭の方だけ見えている、蹴っても動かない石なんかも。  倒れた先にそれがあって、額にぶつかったのも、自分の上に五人もの重みを抱えて押しつけられたのも、本当に運が悪かったんだ。  力を振り絞って樹を見上げた時、視界の全てが赤かった。  額から血が流れて眼に入ったんだと気がついて、意識が遠退いていった。  鈍い痛みを感じながら。  ──気がついたら知らない部屋のベッドの上だった。   額を何針か縫った。  それ以外は、擦り傷と打撲。一日様子を見て退院した。    学校は当然のことながら暫く休んだ。  数日は通院も毎日あったし、額の傷は勿論、身体中がとにかく痛かった。  家に戻った翌日には、小学校の校長と担任が訪れ、見舞うと共に事件の子細を訊かれた。  K中学校の校長も謝罪に訪れた。  しかし、当の本人たちが来ることはなかった。K中の校長の話では、彼らは一様に「相手が勝手に転んだ」と言っているそうだ。  勿論彼らの親も誰一人として来ない。人がああなるには、家庭環境にも問題があるのだろうと納得がいく。  仮に謝罪に来られても、僕も母もたぶん対応に困ったことだろう。  そして、樹は。    彼もまたかなりの怪我を負っていた。  あちこちに殴られた痣。口の端が切れてしている絆創膏。  僕程深い傷はないにしろ、見た目には僕以上に痛々しい。  いつも元気な彼がしょんぼりとして、母親と謝罪に訪れた。  僕らは「この怪我はいっくんのせいじゃない」「そんなに気になさらないで。男の子ですから、喧嘩もあるでしょう」などとそれぞれ言い、けして樹を責めることはしなかった。  それでも、樹も謝り続け、彼の母に至っては泣きながら、地につきそうな程深々と頭を下げ続けた。  彼の母親はとても繊細そうで、倒れてしまうのではないかと、逆に僕も母も心配したくらいだ。  樹は怪我をした二日後には登校した。  暫くは野球の練習も休み、学校から帰ると毎日僕の見舞いに来てくれた。  僕の体調を気遣って家には入らず、リビングの窓を開けて話をする。  それでも、僕は嬉しかった。  通院の為仕事を中抜けしてくれている母も夜まで帰らず、高校生の姉も帰りが遅い。  樹が来ることだけが僕の楽しみだった。  その日もいつもの時間にいつも通り、リビングの掃き出し窓をトントンと叩く音がした。  昼間はまだ暑い日も夕方になれば涼しくなるし、僕一人しかいなく防犯的なことも考えて、窓を閉めて鍵も掛けている。  いつもは叩かれれば、その窓を開けるのだが。  今の僕はちょっと慌てていた。

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