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第四章 2

「ちょっと待ってて」  という窓越しの声が聞こえたかどうかはわからない。  玄関に回り、ドアを開けた。  少し顔を出すとリビングの窓に向かって立っている樹が見える。 「いっくん、ちょっと」 「え? なに?」  玄関側から声が聞こえたせいか少し驚いたような顔をしている。 「中入って来て欲しいんだ。あのね、ちょっと、手伝って欲しいことが」 「うん」  彼は頷きながら大股で近寄ってくる。 「なに? 手伝って欲しいことって」  靴を履いていなかった僕は慌てて床に上がった。  代わりに樹がドアを押さえて中に入って来る。彼の後ろでガチャッとドアの閉まった音がした。  三和土に立った樹と一段上に上がっている僕とは、調度顔の位置が一緒になる。  久しぶりに同じ高さで目線を合わせ、何故だか妙に照れくさい。 「あのね、包帯が」  ゆるゆるで(ほど)けかけた包帯を額で押さえながら。 「寝っ転がってたら、ティラが爪引っ掻けて」 「にゃあ」  いつの間にか足許にやってきたティラミスが、「そうだよ!」と自慢気に鳴く。 「こんにちは、ティラ」 「にゃー!」  目の前からいなくなった樹は、屈んでティラの喉を撫でていた。ティラも、ごろごろごろ……と気持ち良さそうに喉を鳴らす。  猫好きだけど家では飼えない樹はティラがお気に入りだ。  二人の空間を壊されたような感じがして、なんとなくもやっとしてしまう。 「上手く巻けなくて。……やってくれる?」 「いいよ」  ティラを抱き上げると、スニーカーを脱いで家に上がった。    樹に促されるまま、食卓の椅子に座った。  樹がティラを床の上に下ろして僕の前に立つ。自分とは違う広さを持つ胸が目の前にあり、どきどきしてきてしまう。 (なんか、おかしいよね……?   なんでこんなにどきどきしちゃうんだろう)  押さえていた手からそっと包帯を奪い、ゆっくりと(ほど)いてゆく。   (…………。  …………?)  巻き直してくれるのを待っていたが、なかなかその気配がない。  視線を胸から頭上に移動させると、包帯を両手で持ったまま固まっている樹が見えた。  なんだか険しい顔をしている。 「いっくん? どうしたの?」  声をかけると、びくっと身体が震えた。 「やっぱり巻けない?」 「……ん、や、大丈夫」  掠れた声で言い、彼は僕の後ろに回った。  丁寧に包帯を巻き直してくれる。 「できたよ」 「ありがとう」  僕が立ち上がろうとすると肩を押さえられた。 「今日はもう帰るよ」  ぼそっと頭の上から声がしたかと思うと、もう背を向けて玄関の方に行ってしまう。 「え? いっくん、待っ……」  樹の姿はドアの向こうに消えた。

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