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第五章 4
「ななちゃ……?!」
(またいきなり親しげな人間がここに……)
僕には出来ないことをする人は意外といるもんだ。
はぁと少し大きめの息を吐く。
何かずっと見られているような気配を感じて顔を上げると、割りと近場に顔があった。中腰で自分の膝に頬杖をついてにこにこ笑っていた。
しかもジャージの袖が萌え丈で、「女子?」と言いたくなってしまう。
「あの……金森さん? なんですか?」
年上だというので、一応『さん』付けしてみる。
「やだな~同じ一年だし、『さん』なんていらないよぉ。気軽に『カナ』とか『メイ』とかって呼んでよぉ」
「めい?」
「あ、ボクの名前ね。『明るい』って書いて『メイ』っていうんだ。『か・な・も・り・め・い』だよ」
「はぁ……そうなんですか……」
いつまでも高いテンションにどう反応していいのかわからない。
「ん~~」
今度は少し思案顔で僕の顔をまじまじと見ている。
「ん~~ん~~?」
(やめて。
穴、空きそう)
何処を見ていいのかわからなくなり、僕も『明 』の顔を見詰めてしまう。
良く見るとけっこう整った顔をしている。肌もぷるぷるだ。ちょっとタレ目気味なところになんとなく愛嬌を感じる。
だからと言って、彼に対する警戒心がなくなりはしないけど。
肩越しにちらっと樹が見える。
相変わらず幹に背を預けながら、顔は天を仰いでる。
全くこっちには関心がないようで、また溜息が漏れそうになる。
「ん~。キミ、ななちゃん。どっかで会ったことある気がするんだよなぁ」
真剣に考えているようなので。
「あ、この間。一週間くらい前に会いましたよ。僕が金森さんにぶつかって」
「あ、もう。『さん』はいらないって。じゃあ、『メイ』! 『メイ』って呼んで!」
「メイ……さん」
『さん』を抜こうとしたけど、やっぱり出来ない。
「ま、いいか。──あ、あの時のことはちゃんと覚えてるよぉ。ちっちゃい子二人でわちゃわちゃしてんなーって」
(ちっちゃい子?
そんな、小学生みたいな言い方。
確かに、いっくんやメイさんに比べたら背は低いけど。
一応、高校生だからね!)
ちょっと憤慨。でも言えない。
「そうじゃなくて、それより前に──」
「え……?」
「この前髪がねー」
すっと手が伸びて来て、僕の前髪に触れてくる。
指先で掻き分けようとして。
(あ! 反応遅れた!)
反射でぎゅっと目を瞑ってしまう。
「いたたたたっっ」
目を開けると、いつの間にか樹が来ていて、明の手首を握っていた。
前髪が掻き分けられるのは、阻止された。
「なに? 樹! 痛いよぉ」
「もう行こうぜ」
手首を離して背を向ける。
「え? 今日体育出るんじゃなかったの? ちょっと待って」
返事もせずにどんどん歩いてしまった。
明も立ち上がって。
「ななちゃん、またね~~」
手を振りながら樹の後を追いかけて行った。
「…………」
(いっくん。
今、なんか、すごい怖い顔してなかった……?)
明の手首を掴んでいる時、ちらっと僕のほうに視線を向けた。
その時の顔が、なんだか怒ってるような表情だった。
その前まで全くこちらには無関心だったのに。
眉間に皺を寄せ、口をへの字に曲げて……。
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