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第六章 2

 春も終わり、季節は夏へと向かっていく。  大地が危惧しているようなことも特に起こらず、明は相変わらず接触してくるが周囲もそれ程騒がしくはなくなった。  大地に訊ねたい様々なことは、一つも訊けていない。『有名人』についてもそうだ。  タイミングを計るのがなかなか難しい。  期末テストを間近に控えた、梅雨真っ只中。  久しぶりに晴れ間が出た日の昼休み、二階テラスの端に並んで座っていた。 「ご馳走様」  大地は礼儀正しく手を合わせると、弁当箱を袋の中に仕舞った。 「大くんいつも食べるの早いよね、僕の倍はありそうなのに」 「七星はお弁当小さいよな、いつも思うけど。それで足りてる?」 「うん」  その小さいお弁当を僕はまだ半分も食べてなかった。  昔から食が細く、食べるのもゆっくりだ。  今は似た背格好の二人だけど、スポーツもやっててしっかり食べてる大地は、きっとこれからもっと大きくなっていくんだろう。    いっくんみたいに。  隣にある顔の位置が少しずつ変わっていったあの頃を思い出す。 「美味しそうだなぁ、唐揚げ」  大地が覗き込んでくる。  あれだけ食べたのにまだ足りなそうだ。 「食べる?」 「えっいいの」  大地の顔が輝く──訳はないんだけど、それくらい明るい顔になった。しかし、すぐに言い直す。 「いや、ダメだ。それは七星が食べないと。大きくなれない」 「そう?」  大きく頷くが、それでも視線は鶏の唐揚げにあった。  僕はなんだか可笑しくなって、 「はい、どうぞ。僕、一個食べたから」  唐揚げを一つ箸で挟んで大地の口許に持って行った。 「えっ」  固まった。  ん?  様子が可笑しいなと思って、はっとする。  何も考えずにしたことだけど、これってやっぱり可笑しいだろうか。 「あ、ごめん。同じ箸使うの嫌だった?」 「や、そうじゃないよっ。寧ろ、うれ……あわわ。全然、そうじゃないけどっ」  何だか一人であわあわして、真っ赤になっている。  大くん、どうしたんだろう。  一人で慌てちゃって。  そう思ってたら。 「頂きますっ」   ぱっと箸から唐揚げが消えた。 「美味しいっ」 「そう? 良かった」  口の中がなくなる頃にはもう普通に戻っていた。 「ご馳走様でした」   僕も大地と同じように手を合わせる。  隣では、大地が胡座をかいて「ん~」と両腕を上げて伸びをしている。  今……聞いてみようかな。  弁当箱を片付けながら考える。  何度目かのトライ。 「ねぇ、大くん」 「ん? 今日暑いよな~」 「うん。そうだね──あのさ」 「まだ梅雨明けてないけど、晴れた日は夏って感じ!」  僕は全然大丈夫だけど、大地は汗っかきなのか額を拭っている。  あー。  なんか、また言えない感じにー。

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