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第七章 5

 振り上げた腕に僕は縋りついた。 「大くんやめてよぉ」 「なんでっ」  当人以上に怒りを顕にする。 「運が悪かっただけ。倒れたところに石が埋まってるなんて誰も思わない」  腕を下ろし、掴んでた肩も離した。それでも怒りはまだ収まっていないようだ。なんでそんなに他人(ひと)のことで怒れるのか。 「そんなことないっ! 今の話、どう考えてもこいつらが悪いだろっ」 「それでも! それでも、だよ。大くん、今更言っても起こったことは、変えられない」  腹が立たない訳じゃない。  樹とこうなってしまった原因は、やっぱりこの傷にあるんだと思う。そして、その傷を作ったのは彼らだ。  でも。  今更メイさんを責めてもしょうがないし、今のメイさんを恨みたくない……。 「…………」  当の本人にそう言われ、何も言えなくなったのか、大地は黙り込んだ。顔だけは険しい表情を残している。 「……ななちゃんの顔。初めてまじまじ見た時」  しんとした空間にぽつりと明の低い声が零れる。 「何処かで見たような気がしたんだ。その傷を見た時も。それから、『なな』という名前も。頭の隅でもやもやした何かがあって、でも思い出せなくて」 『どっかで会ったことある気がするんだよなぁ』  確かにあの時、明はそう言っていた。  あの時は勘違いだろうと思っていた。まさか、『あの事件』の時にいた中学生とは。 「ほんとに、申し訳ない」  明は再度頭を下げた。 「もう今更その傷をなかったことにはできないけど、オレにできることはなんでもする。樹と……もう一度っていうなら協力する」 「いっくんと……もう一度」  メイさん、たぶん、本当はいい人なんだ。  あの時なんで、あんなことしたのか。  今も『怖い部分』もあるのかもしれないけど。 「それは……たぶん、無理……です」 「……樹、その傷に責任感じてるんじゃないか、だから」 「そうかも……でも、この傷を見るまでは、毎日来てたんですよ? まだ全然治り切っていなかった傷が気持ち悪かったのか……苦しい気持ちにさせたのか……」  自分で言ってて辛くなる。知らず涙声になっていた。 「そんなこと……ないだろ……樹、そんなヤツじゃ……」 「お礼参り」  今まで黙っていた大地が突然、ぼそっと言った。 「大くん?」  僕も明も大地を見詰める。 「M小の城河 樹は、K中の野球部に入る──俺らK小野球クラブでも、城河は有名だった。でも入学して、俺が野球部に入った時、アイツはいなかった」 「いっくん……野球部入らなかったの……?」  六年生の時。  樹は、K中に入学したら野球部に絶対に入ると言っていた。  K中の野球部は強い。  そこでエースになり、推薦で野球の強い私立の高校に行くのだと。  そして、ゆくゆくはプロ野球選手になるんだと、そんな夢を語っていた。  小学生にはありがちな夢だけど、樹なら本当に叶えられると思えた。  だから僕は会えなくなってからも、樹は中学の野球部で頑張っているのだろうと思っていた。そして、あの頃語っていた夢に向かっているんだと。  そうだよ。  だから、まさかT校で会うとは思わなかったんだ……。

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