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第七章 6

「入学した時には既に噂があった。六年の秋頃、城河 樹がK中に乗り込んで来たって。城河は入学してから野球部入部を希望してたけど、顧問に拒否られたって先輩方が言ってた」 「いっくんが……K中に乗り込んで……」  全然知らなかった。  ちょうど樹に避けられるようになった頃だ。 「だから言ったろ『有名人』だって。俺は三年間一度も同じクラスにならなかったけど、校内で見かけるアイツは、俺らと試合していた頃とは雰囲気かなり違って見えた」 「そう。授業の最中にグランドに入り込んで、大声で叫んでた『坂の上公園で落書きしてたヤツ出てこいっ。ななに謝れー!!』ってさ」  と、明。  その頃彼はK中の一年ということになる。 「オレたち──いた仲間も含め四、五人。授業には出ずにグランドの隅にいた。あの時の小学生だって気づいて近寄って──また恥ずかしいこと言ってやがるって揶揄った。そしたら、アイツ掴みかかってきて、乱闘に──なるところで、センコーが来た」    いっくん……僕のために……?  でも、だったら、なんで……僕を避けたの……?  いろいろな思いで胸がきゅうきゅう痛むけど、それは本人のいないここで口にしても仕方がなかった。 「でも、メイさん。そんなことあったのに、なんでいっくんと一緒にいるの?」  僕を避けて、明とは一緒にいる。  そのことに少しもやもやしてしまう。 「ん~」  考えを整理しているのか、顎に手を当てて考える仕草をする。 「オレがホレたからかな」 「え? ホレ?」  と僕。  大地は。 「なんだ、それ」  と、口をへの字に曲げる。  明は、はははっと軽く笑った。 「──一旦はあれで終わったんだけど。アイツ、学校外でオレらがいそうなところを張ってて。その度に『ななに謝れ~』って。喧嘩にもなった。でも、アイツあんま強くないんだ。それなのに何度もやって来て、目に涙いっぱい溜めて言うんだ」  過去に想いを馳せるように何処か(くう)を見ている。 「何やっても面白くないと思ってた時期で、てきとーに悪い先輩たちとツルんでた。それでも内心全然面白くなくて。度々ぶつかる樹のことは前々から興味があったんだけど。オレたちと違ってあんなふうに熱くなれて──面白いヤツだと思ったよ」 「──なんだよ、面白くないって」  隣の大地がぼそっと言ったが、明には聞こえていないようだった。   「うちの中学に入って来たって噂を聞いて、オレはもう一度アイツを挑発した。そしたら──」 「そしたら?」  そこで少し間があったので、僕と大地が同時に言った。 「──負けた。オレ」 「え?」 「アイツ、めちゃ強くなってた。それに前とは雰囲気変わったし。『なな』のことも言わなくなってた。何があったんだろうって、益々興味沸いてついて回った。最初は全然相手されなかったんだけど」  てへっみたいな顔する。  漸くいつもの明に戻ってきた感じだった。   「学校外でのボクたちとの騒ぎも学校側に伝わってしまっていてね──野球部に拒否られたみたいだねー。樹が野球やってたって、知らなかったよ~」 「いっくんが、野球辞めたの、僕のせいなんだ……」  僕は呆然とした。  僕がいっくんの夢を奪った……。

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