54 / 156
第十一章 5
「だいじょーぶ、だいじょうぶ。これから知ればいいんだよぉ」
よしよしと頭を撫でられる。
「なーに、やってんすかー」
大地がトイレから戻ってきて、僕の頭に乗っている明の手をぺちっと叩く。
僕の隣にどさっと座った。
部屋のドアが開いたことに少しも気がつかなかった。
「ってっ」と言いながら、明が離れる。
「樹がかっこいーよねーって、話」
「あー」
大地が口をへの字に曲げたまま。
「確かにかっこいいですねー」
不服そうに言う。
「今下行ったら、めちゃ女子に声かけられてましたよー」
「ここでバイト始めてあっという間に、樹目当てのコでお客さん増えたってって話だしね。大学生のおねぇさんたちからは、ずいぶん誘われてるみたいだよぉ」
(うん。わかる。
あんなにかっこ良かったら、もてるよね)
玄関にあった靴。放課後に樹の『仲間』が言っていたこと。
いろいろ思い出して、また胸がもやもやする。
何でもこんなふうにもやもやしてしまうのか。
樹ばかりもてるのが悔しいとか、そういうことではないのだけは、はっきりしている。
「背が高くてイケメンで、あのカッコはほんと、反則ですねー。俺とかがやってもああはならない」
「だいくんだったら、めちゃかわいーと思うけど」
「恥ずかしいこと言うな!」
二人の会話も遠くから聞こえて来るようだった。
それから一時間程して。
今、その『かっこいい』樹が、目の前にぶすっ垂れた顔で座っている。
さっきとは違って、制服のグレイのスラックスに、白いV字のセーターを着ている。
「はいはい。じゃあ、樹もこれ持って」
と、ジュースの入ったタンブラーグラスを渡す。
最後に樹が運んで来たものだった。
「くそっ。なんで……っ」
「店長に早く上がれるように頼んでおきました~」
遣ってやった感溢れる顔で言う。
どうやら勝手に時間を切り上げさせられて、ここに送り込まれたようだ。
「樹もボクのたんじょーび祝ってね」
「勝手なことしやがって。祝ってじゃねぇ」
そんな彼の言葉はスルーし、
「はいはい。みんなもグラス持って」
僕らにも促し、自分のグラスを掲げた。
僕と大地もそれぞれ飲みかけのグラスを持ち上げる。
「では~改めてまして~カナさんの十七歳の誕生日とクリスマスを祝って──かんぱーい」
「かんぱーい」
樹は結局乾杯には参加しなかった。
けど。
「──誕生日、おめでと。カナ」
明の隣でぼそっと言った。
「いつきぃ~~」
嬉しそうに抱きつこうとして、避けられる。
「一つオジサンになった」
ニッと笑う。
「それ、言う~?」
「しょうがねぇな。食ってやるか」
『しょうがない』と言いつつ、腹を空かせていたのかがつがつ食べ始めた。
ともだちにシェアしよう!