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第十二章 4
振り返る。
思った通り樹──でも、ここで会ったのは予想外。
ダークグリーンのダウンを羽織っているが、中は白いシャツに黒のスラックス、そして黒のソムリエエプロン。片手にエコバッグを持っている。
「いっくん」
吃驚したのと同時に我ながらわかりやすく、顔が明るくなる。
なのに、樹は眉間を寄せる。
(え……)
しかし、それは錯覚かと思わせるくらいほんの一瞬で、すぐにいつもの無表情。
(なんだったんだろう、今の顔。
僕に会うの嫌だった……?)
しかし、その後もいつも通りの声音だった。
「何してるんだ、こんなとこで。今日は確か……カナたちとー」
「あ、うん。初詣行ってきた」
そこで、はっと気づく。
年が明けてから樹に会ったのは、初めてだった。
ぴんと背筋を立てて、
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
堅苦しい挨拶をして深々頭を下げた。
それが可笑しかったのか、頭の上からふっと息が零れた。
「あ、うん。よろしく」
姿勢を直すと。
たぶん他の人にはわかりづらいだろうけど。
少し顔が緩んでいた。
(やった……っ。
いっくんの笑顔頂きっ。
クリスマスプレゼントに続き、お年玉か……っ)
年始めから幸先いいなぁと、ぽ……っと心の中が温かくなる。
こんなことで。
と自分でも思うけど。
「で、ナナは何してる? あの二人はどうした?」
「あ……うん。バイクで二人乗りして帰った」
「あー」
樹は特に驚きもしない。何だか納得しているようだ。
「僕は……」
本当のことを言おうか、誤魔化すか迷った。
神社で祈ったこと。
『もっと話ができますように』『昔みたいに仲良くできますように』
祈るばかりじゃ駄目なんだ。自分で実行しないと。
少しずつでもいいから。
「今日、いっくんも来るかと思ってた。でもメイさんにバイトだって聞いて……それで……覗きに行ってみようかと思って……」
(──いっくんに会いたかったから)
そこまで言ったら流石に気持ち悪がられるだろう。
心の中で言うだけに留 めた。
「でも、迷子になっちゃって、ぐるぐる回ってた」
「お前……どうせ、店の名前も知らないんだろ」
ちょっと呆れたような顔をしている。
「うん……」
そんな樹の顔を見ていたら情けない気持ちが倍増して、自然に視線が下に下がってしまう。
「俺に会えてラッキーだったな。じゃなかったら一生辿り着かなかった。この辺似たような家ばっかだから」
頭のてっぺん辺りの髪をくしゃとされる。
(えっ。何)
どくんっと鼓動が跳ねあがった。
すぐに離れて行ったけれど、その手の感触がずっと残っているような気がした。
「ナナ、着いて来ないとまた迷子だぞ」
ふと気がつくと樹は前を歩いていた。置いてかれまいと急いで隣に並ぶ。
「いっくんは、どうして?」
店に出ている筈の樹が外にいなければ、こうして見つけて貰うこともできなかった。
「正月で食材の配達来ないから駅まで買い出し」
そう言って手に下げたエコバッグを軽く上げる。
「そうなんだ。忙しい?」
「ああ。モーニングからずっと忙しくて、今やっと空 いて来たところ。でもまたこの後混む予感しかしない」
はぁと大げさにため息吐 いた。
僕はふっと小さく笑った。
「笑うな」
「ごめん」
でも余計笑いが込み上げてくる。
(ねぇ、すごくない?
なんか普通に話してるよ)
話している間に目的地に着いた。
今日は正月飾りをした扉の前に『BITTER SWEET 』という看板を見つけた。
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