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第十二章 5

「ほんとは、スタッフは裏から入るんだ」  そう言いながら、表の扉を開ける。  一緒に表から入ってくれたのは、僕一人だとずっと扉の前でうろうろしているに違いないと思ったからだろう。  樹にはそれがわかっているんだ。 「ただいま帰りました」  中に入ると店内に声をかける。   客はまばらで、男性スタッフが空いたテーブルのセッティングをしていた。 「お帰り。けっこうゆっくりだったな」  その言葉に僕ははっとした。  遅くなったのは僕と会ったせいに違いなかった。樹に迷惑をかけてしまった。 「あの……僕が」  急いで謝ろうとしたけれど。 「すみません」  先に樹が謝ってしまった。 「お客様連れてきたから、それで許して貰えませんか」 「お客様? 何? 同伴か」 「どうは……?」  意味がわからない。  その男性スタッフは僕の顔を見てにやにや笑っている。  三十代後半か四十代くらいだろうか。   (あれ? 誰かに似ている?) 「高校生に言う言葉か」  丁寧な言葉を使っていたかと思うと、急に吐き捨てるような口調になる。それでもその男性は気を悪くする様子もない。  そんなことを気軽に言える間柄なのかも知れない。 「ナナ気にするな」 「う、うん」  スタッフが言った言葉も『気にするな』の意味もわからず、とりあえず頷く。 「ここ座って」  カウンター席の両隣に誰もいない場所を指し示した。 「ナナ──店長には気をつけて。カナの叔父さんだから」  小さな声でそう言うと、カウンターの奥の方に消えて行った。 「あ……店長さん? え、メイさんの」  さっき誰かに似ていると思ったのは間違いじゃなかった。あのにやにや顔が明に似ているんだ。 (でも……気をつけてって? 何に?)  また新たな疑問を抱えながらカウンター席に座った。 「ご注文は?」  いつの間にか店長はカウンターの中に入っていて僕の目の前にいた。  まだにやにや笑っている。  いや、そう見えるだけで、もしかしたら『お客様』への笑顔かも知れない。 「えっと……」  何を頼んだらいいんだろう。  取り敢えずメニューを(ひら)く。  この間は大地と明がいた。個室でオーダーを取りに来たのは樹だったし、注文するのにもそんなに困ることはなかった。  まだ樹は顔を出さない。  ファーストフードにも一人で行ったこともない僕には、お洒落なカフェでの注文は難易度が高い。  メニューの文字がぐるぐるするくらい緊張する。 『コーヒー』と言えれば格好よいけれど、コーヒーも紅茶も種類が多すぎる。  樹はこれを全部覚えているのだろうか。  いろいろ考えた挙げ句、 「オレンジジュースください」  メニューに顔を隠したまま、消えそうな声で言った。

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