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第十二章 7

 それから少しばたつき始めた。  僕はオレンジジュースを少しずつ飲みながら、ちらちらと樹を眺めていた。  働いている樹は本当に大人っぽく見えて格好良い。  樹目当ての女子もこの短い間に何人かいるのがわかり、それを見るのはちょっと嫌な気持ちがした。  ふと気がつくと、窓の外は薄暗かった。  店内の洒落た壁掛け時計は、もうすぐ五時になる。  さすがにジュース一杯で粘るのもどうかと思い立ち上がろうとすると、樹が片手に空いた皿を持ったまま傍に立った。 「五時であがりだから、ちょっと待ってて」 「え。うん」  僕は少し浮かせた腰をまた元に戻した。  待ってて、だって。  樹がどうしてそう言ったのかはわからないけど。なんだかすごく嬉しい。  勝手に顔がにやけてしまう。  今は店長もフロアのほうにいて、目の前にいないことにほっとした。 「お疲れ様です」  そう挨拶を交わしてから奥に引っ込む間際に、樹は僕に入口のほうを指し示した。  外で待ってろということだろうか。  会計を済ます。 「また来て」 「はい」  手を振って見送られた。  今日話をしたばかりなのにぐいぐい来るところは明にそっくりだった。  普通の客とは違う特別感があって、少し擽ったい気持ちがした。  外に出て扉の前で待っていると、自転車を押してくる。 「一緒に帰ろう」  ぼそっと言う。  顔はその言葉とは裏腹で柔らかくもないけど。 「え」  今、一緒に帰ろうって言った?  この間メイさんに言われた時は嫌そうにしてたいっくんが。  自分から。  一緒に帰ろうって? 「つっても、駅までだけど……嫌か?」  たぶん僕は今物凄く驚いた顔をしているのだろう。驚きすぎて即答出来なかった。そのせいか樹の声に少し不安げな色が滲む。 「ううん」  僕は激しく頭を横に振った。 「嬉しい」  満面の笑み。  自分ではそんな顔をしているように感じたけど。  樹はちょっと変な顔をした後、ふいっと前を向いた。 「行こ」  そっけなく言って歩き始めた。  あれ? なんか間違えた?  そういえば、樹は時々あんな顔をする。  怒っているような。何かを我慢しているような。    照れたような……?  ふと浮かんで打ち消す。  まさか……ね。  きっと僕の態度が少し気持ち悪かったのかも。  可愛い女子ならいいけど、男の僕に「嬉しい」なんて言われても……ね。  それから何を話すでもなく、ただ並んで歩いた。  駅前まで着くと、 「じゃあ、俺こっちだから。気をつけて帰れよ」 「あ、いっくん」  自転車に乗ろうとする樹を引き止めた。  歩きながら考えていたことがあった。    少しずつ。  自分の気持ちを伝える 「あのね。また、行ってもいい?」  こんなことさえ軽く伝えられない。一大決心だ。 「……いいけど、余り無理するなよ。そんなに小遣いないだろ」 「うん、無理しない」 「おー」  少しだけ柔らかな表情。  それだけでまた嬉しくなる。 「じゃあ、行くな」  樹は自転車に乗って走りだす。  僕はその姿が見えなくなるまで見送った。  また行ってもいいって。  少しは、友だちっぽい?  少しずつ少しずつ。  だよ。  自然と笑みが零れてくる。  僕は階段を駆け(のぼ)った。  今日はやっぱりいい日だー。  さいこーのお年玉だね。

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