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第十四章 7

カウンターに座ると、中にいた店長が僕の前ににこにこしながら立った。 「あ、いらっしゃい、えーとななくん?」  恐らく樹が呼んでいたのを覚えていたんだろう。 「あ、七星です。こんにちは」 「ななせくん? どういう字書くの?」 「えっと」  僕が答えようとすると、僕の後ろに立っていた樹が、 「教えなくていいから」  突き刺すような声で言う。 「樹くん、ひどいっ」  明と同じような口調なのが可笑しくてくすっと笑いが零れてしまう。 「数字の七に、星です」 「へぇ、綺麗な名前だね」 「両親が星が好きで」  そこまで口にして亡くなった父のことを思い出す。 「姉は乙女座の『乙女』なんです」  切ないけど、両親で考えて名前をつけてくれたことに誇らしい気持ちになった。 「素敵な話だ」  店長が微笑みながら頷く。  僕の後ろからは、 「知らなかった」  ちっと小さく舌打ちをするのが聞こえた。 (いっくん、何怒ってるんだろ)  なんてことをちらっと思ったけど。 「七星くん、ご注文は?」  と店長に聞かれて、メニューを(ひら)く。 (この間はオレンジジュースだったな……。  またジュースじゃ子どもっぽいと思われるかなぁ。  カフェなのに) 「あの……コーヒーを」  しかし、コーヒーにしても種類がいろいろあって、何を頼んでいいのか、ぐるぐるしてしまう。  店長も次の言葉を待っているのか、無言で見つめあってしまった。 「コーヒーなんて飲めるのか」  後ろで吐き捨てるような声がして、びくっとしてしまう。 「店長俺やります」  樹はそう言うと、奥に引っ込んでからカウンター内に現れた。 「そう? じゃあ任せるよ」  何故かにやにやしながら、離れて行った。 「無理しなくていいのに」  ぼそっと言ってから、カウンターの向こうで何やら作業を始めた。  暫くして、白いコーヒーカップセットが目の前に置かれた。 「わ」  中を見て。 (これは! 噂のラテアート)  と思ったけど。 「いっくんすごい。こんなことできるの? えーっと」  実は何が描いてあるかわからなかった。  ぼよんと何かが浮いている感じ。 「海月……なんだけど。やっぱ、ダメか」  珍しく恥ずかしげな顔をする。それが何だか可愛くて笑みが零れる。 「そう言えば、いっくん。絵はいまいちだったよね」  小学生の頃を思い出す。作るのは得意だったけど、絵心はなかった。 「うっせ。練習中だ」  なんとなく二人の間に良い雰囲気が流れたけど。 「樹くーん」  僕の後ろのほうで声がした。振り向くことはできないけど、恐らくあの四人組だろう。 「ナナ、それでも苦かったら砂糖たくさん入れて」  そう言ってカウンターから出て行った。 「ねぇねぇ、私たちにもラテアートやって」  そんな声が聞こえてきた。  僕らの会話を聞いていたのだろう。 「無理。お客様に出せるようなもんじゃないんで」 「えー」  四人分の不平の声があがる。 「なんであのコだけ」 「練習台──友だちだから」 (いっくん……)  練習台と言われても、『友だち』と言われたことのほうが嬉しくて、心がぽっと温かくなった。  ──突き刺すようないくつもの視線を感じるのは、気のせいにすることにした。    

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