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第十六章 3

 外に出ると、樹が玄関前に立っていた。 「いっくん」 「ナナ、こんな時間に呼びだしてごめん。それから、今日来れなくて……」  僕は「ううん」というように、首を横に振った。 「これ」  樹が手に持っていたものを僕に押しつける。  ガサッとした紙袋の感触がする。 「え? なに?」 「プレゼント、用意してたんだ。明日もバイト入ってて、どうしても今日渡したかった」  少し照れ臭い顔をしている。 「いっくん……ありがとう。えっと、虫とかじゃないよね?」  思いもかけない言葉とプレゼントが嬉しすぎて、妙なことを口走ってしまった。  子どもの頃の樹からのプレゼントはそんなものが多かった。今でも大事に取ってある。 「いつの話だよ、それ」  ぷっと吹きだす。僕も一緒になって笑った。 (昔に戻ったみたいだ)    懐かしさとまた一歩近づけたような嬉しさに、ぽっと温かい気持ちになる。  が、すぐにはっとして。 「いっくん、ちょっと待ってて」  そう言って中に引っ込んだ。  バタバタ部屋に戻り、バタバタまた降りて来る。  なにごと? というように見る二人の前を通り過ぎた。 「いっくん、お誕生日おめでとう。僕も用意してたんだ。今日渡せるかと思って」  樹は黙って受け取った。 「今いっくんが何欲しいかわからなくて。たいしたものじゃないんだけど」   (ほんとに。  全然たいしたものじゃない。  捨てられても仕方ないくらいに) 「ナナ──ありがとう」  樹はラッピング用の小さな袋を、大事そうに手の内に包み込んだ。   「おやすみ」を言い合って別れた。  ベッドに腰かけて紙袋ごと掲げる。プレゼント包装されていない素っ気なさが樹らしい。  よく知っている書店のロゴの入った紙袋。 (本……だよね? たぶん)  雑誌くらいの大きさで少し固い感触がする。  勿体なくてすぐに開けられず、暫くそのまま眺めていた。  それから、ゆっくりと袋を留めてあるテープを剥がし、中身を取り出した。 (あ、海月……)  全面が海を思わせる青色。そこに半透明の海月がふわふわと浮かんでいる。  そんな表紙だった。  ぱらぱらとページを繰ってみると、いろいろな種類の海月の写真が載っている。 「海月の写真集かぁ……」  くすっと笑みが零れる。  樹も今の僕に何をプレゼントしようか、すごく迷ったのかも知れない。  写真集の入った書店の紙袋は、最寄りの駅ビルの中に入っているものではなく、駅から離れたショッピングモールの書店のものだった。  わざわざそこまで見に行ってくれたのだと想像する。  今の樹がそうやって僕のことを考えてくれていた。 そう思うだけで胸がきゅうっとする。 「いっくん……」 (大切にする……。  今までくれたプレゼントと同じ……ううん、それ以上に)  僕はその写真集を抱きしめた。 ★ ★  僕が樹に贈ったもの。  ペンギンのストラップ。水族館で買ったわけじゃないけど。   本当はイルカにしたかったけど、お揃いみたいで嫌がるかと思って。  それでも、なんとなく繋がりのあるものを。  そして、それはスマホにもリュックにもついていなかった。  でも。  後日、樹の自転車の鍵についていたのを発見したのだった。  

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