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第十八章 4

   冬休みも最後のほうになって、僕はBITTER SWEETの扉の前に立っていた。 『彼女』がいたらどうしよう。でも、いつも来ているわけではないだろう。  躊躇を繰り返し、やっと思いきって扉を開けた。 「いらっしゃいませ」  といつも通り樹が出迎える。 「いっくん」 「お、久々に来たか」  軽く笑いかけられただけで心臓が煩い。  自分の気持ちを自覚したら、前にも増して樹にどきどきしてしまう。  それから──その後に来るのは痛み。こんなに身体中で『好き』を感じたところでどうすることも出来ないことへの。  それでも顔が見たくて傍にいたくて仕方がない。    いつも通りカウンターへ向かいながら、店内をきょろっと見回す。  冬休みとはいえ正月休みも終わった頃だろうか。時間に余裕のある学生らしい客が多い。  女子だけのグループ。男女のグループ。母親世代。  一人で本を読んでいる人……。  何故か目についた。 「いらっしゃい、七星くん。久しぶりだね」  カウンター内にいるマスターに声を掛けられる。 「こんにちは」 「何にする」 「あの……いつもの……」  何だか常連ぶってるみたいで恥ずかしくて、声が小さいなる。 「OK。樹くん、出番だ」  そうマスターが言った時にはもう樹はカウンターに入っていた。  海月のラテアートを初めてしてくれた日から、いつも樹が僕のオーダーを用意してくれている。  目の前に置かれたカフェラテ。  ちゃんと海月に見える。 「いっくん、上手になったよね」  「えらそー」  ぴんっとカウンター越しにデコピンをされた。 「えへへ」  『友だち』である僕相手の練習の成果あって、樹のラテアートはかなりのものになった。だから、もう僕だけの『特別』ではなくなってしまった。  頼まれればやるようになった。  女子に良くオーダーされるのは、ハートが何重にもなったいる絵柄。 (いいな。ハート。  僕にもハートちょうだい) (なんてことを言ったら、いっくん気持ち悪がるだろうな。  まあ、メイさんなら言いそうだけど)  でも。  海月やイルカは、僕にとっては大事な想い出だ。――  たくさんの人へのハートよりも。  それこそ、海月やイルカは僕だけの大切なもの。  だから、やっぱりハートはいらない。   「樹くーん」  後ろで女子の集団が呼んでいる。 「じゃ。ゆっくりしていけ」   そう言うとカウンターから出ていった。  この後新規の客が入ってきたり、会計をしたりと樹は細々(こまごま)動いていた。  樹の声を背中越しに聞いていた。  なのに。  その時だけは何故か目の端に入ってしまったのだ。  女性一人の客で──。 (ああ、そうだ。  入って来た時に何故か目についた……読書をしていた人)  会計は済んで扉の前で話をしている二人。  樹は笑っていて。  何処か他の客への対応と違って見えた。   樹と僕。  視線が合った。  樹はこそっとその女性に耳打ちをする。  女性はこちらを見て、軽く笑って会釈した。  それから二人で外に出ていく。   (外への見送りなんて……いつも、しない!)    

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