107 / 156

第二十一章 2

 こんなに間近で樹の顔を見るのは、春休みにBITTER SWEETで会った時以来だった。  あの時にも怪我の痕が気になったが、今はそれ以上に増えている。  顔には傷、痣。暑くなってきて折り曲げたワイシャツの袖から出ている腕にも。 『──通りで最近ぼろぼろだと思ったよ』  明の言ったことを思い出す。  それから、大地が見たという喧嘩の場面も。樹が一方的にやられていた──。 「いっくん、どうしてあの人たちと一緒にいるの?」 「なんでって、『仲間』だからだろ」  面倒臭そうに答える。  樹は僕の顔を見ていなかった。  入学したての頃『怖い集団』の中にいる樹に声をかける勇気はなかった。話をする機会があってもいつも冷たくされて怯んでいた。  でも今は違う。  樹の本心を知りたい。 「仲間じゃないって大くんが言ってた。一方的にいっくんがやられてたって」 「彼奴……っ」   (あ、いけない。  誰にも言うなって、大くんにラインしてたんだっけ。  もう、いいや。  ごめん、大くん)  何かを言わせる前に更に畳み掛ける。 「何かあるんじゃないかってメイさんは思ってるよ。『仲間』の振りをしなきゃいけない『何か』。僕もそう思ってるよ」 「そんなんじゃ……」  言い淀んで唇を噛み締めた。 「僕らが……危ないから、とか」  一瞬はっとした表情をしたが、すぐに何も感情を感じさせないものになった。 「もう、俺の傍に寄るな」  BITTER SWEETでは『しばらく来るな』と言った。それが『俺の傍に寄るな』に変わった。それ程状況は良くないということだろうか。  それから僕の脇をすり抜け、階段を降りて行こうとする。  僕はその背に向けて、心の底からの叫びを上げた。  それは実際に飛び出してきた声の大きさよりも、ずっとずっと大きな心の叫びだった。 「俺が守るって言った! いっくん僕にそう言ったよ!」  くるっと振り返る。 「もう! お前のことは守れない! 他に守りたい奴ができたから!」  突き放された。   (守りたいやつ……それって、『彼女』のこと?)  階段を駆け降りて行く音。 「うぁぁぁん」  僕は声を上げて泣いた。その場にしゃがみ込み、小さな子どものように。  小さい頃でさえ、こんなふうに泣いたことはなかった。  一瞬、足音が止まった。でも、すぐにまた駆け出し、次第に聞こえなくなって行く。  僕は泣いた。  泣き過ぎて目を腫らし──初めて授業をさぼった。  樹のいない新しいクラスは、僕がいなくても、誰も気にも止めない。  あとで、具合が悪くなったとでも言っておこう。  僕はそのまま家に帰ることに決めた。 ★ ★  ここ数日、目に見えてしょんぼりしている僕を心配して、放課後になると明が校門まで見送ってくれる。 『大丈夫?』『駅まで送ろうか?』『なんだったら家まで』  そんなふうに言ってくれる。  

ともだちにシェアしよう!