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第二十一章 3

 『大丈夫だよ、大くんのとこに行ってあげて』  僕は明の言葉にやんわり断りを入れる。そうすると彼は何度も振り返りながら、グランドへと向かうのだ。  今日もそうして、明に見送られた。  僕はとぼとぼと駅に向かう。 「あ、すみません」  心ここに在らずといった状態で歩いていたせいか、駅の階段を上がろうとした僕は降りて来た誰かの肩とぶつかってしまった。 「いえ、大丈夫です」 「あ!」  それは一度しか会ってはいないのに忘れられない顔だった。  樹の彼女だ。 (一番、会いたくない人だ……)  僕のことは覚えていないだろうと思い、 「なんでもありません。本当にすみませんでした」  そう言って階段を急いで上がろうとした。 「あの、あなた、樹くんのお友だちよね?」   (覚えてた……!) 「……はい」  人違いだと言って立ち去ることも出来たが、僕には嘘はつけなかった。 「私のこと覚えてる? 以前BITTER SWEETで会ったことあるんだけど」 「はい……いっく……樹くんの、彼女……さんですよね」  口にしたくない言葉だ。 「うん……」   彼女は歯切れの悪い返事をし、その顔も何処となく複雑な表情が浮かんでいる。 「これから……BITTER SWEETですか?」  樹に会いに。  そこは自分の心の中だけで言った。 「ううん。家こっちのほうなの──ねぇ……今ちょっと時間ある?」  僕らは駅の前にある小さな公園のベンチに座った。小さいけれど、いろいろな色の薔薇が周りを取り囲むようにして咲いている。思えばこの駅周辺には薔薇が多く植えてあり、今はとても美しい時期だ。  そんな綺麗な公園のベンチに座る男女が、とある男の『彼女』とその男に片想い中の『男』とは誰も思うまい。勿論『彼女』自身もだ。  なんとも複雑な組み合わせじゃないだろうか。 「あの……何かお話が?」  自分で誘って起きながら、なかなか話し出さない。 「……うん、もう……言ってもいいよね」  それは彼女が自分に問いかける言葉のようだった。 「あのね……実は、私、樹くんの『彼女』じゃないの」 (…………) (え……。今なんて……)  自分の中で咀嚼してから。  もう一度驚く。 「え?? どういうことですか??」  彼女はちょっと苦笑いする。 「『彼女』じゃないの」  念を押すようにもう一度繰り返し、 「私は樹くんのこと好きだけど」  そう小さく付け加えた。 「そうだな……何処から話したらいいかな……その前に、名前聞いてもいい?」  それって関係あるかな? と思いつつ僕は答えた。 「天野です」 「天野くんね。私、冴木(さえき)です。今大学二年。ここから電車で三十分くらいのところの、海の近くの大学に通ってる」

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