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第二十一章 4
大学から電車で帰ってきて、駅の階段を降りて来た、ということだろう。
(けど、なんでそんなことまで話すの?)
「去年の夏休みにね、学校近くの海沿いのカフェでバイトしてたの」
(んん? そんなことなんの関係が……)
出来れば早くこの場を去りたいと思っているのに、関係ないことを話し出されて困惑する。
「その海沿い、良く集団でバイクを走らせている人たちがいて、たまにバイト先にも来るんだけど……」
(これは……ひょっとして……例の……)
どうやら関係なくもなかったらしい。
僕はこの間の『リュウセイ会』の話を思い出した。
「その中のリーダーっぽい人が何回か来るうちに『バイト終わったら送っていてやる』とか『デートしようぜ』とか言われるようになって、断ってたらつきまとわれるようになって……」
(やっぱりそうだ)
「いつの間に大学や家の場所まで知られてて」
(こわっ)
僕は樹の言っていた『ストーカーだろ』って言っていたのを思い出した。
「その頃にはもうリーダーの人じゃなく、数人で変わる変わるって感じだった。大声で話かけられたり、ずっと後をつけられたりしてたけど手は出されたりしなかった。でもある時、家の傍で手を引っ張られて三人くらいで連れて行かれそうになって……通りがかりの人に助けられた」
「あ……それってもしかして……」
話の流れからいってそうとしか思えないのに、何が『もしかして』なんだろう。
言っておいて溜息が出そうになる。
「そう樹くんだよ……彼って喧嘩強いのね。あっという間に、相手が逃げて行った」
ふふっと軽く笑う。
「そうでしたか」
怖いことだったのに、樹のことは大切な思い出のように話す。今でも樹を『好き』なのだろうと感じる顔だ。
「私の家BITTER SWEETの一本前の通りを入って行くの。その日はバイトで遅くなった私と、樹くんのバイト終わりの時間が重なったみたい。私ね、樹くんのこと知ってたんだ」
六月初めの夕方はまだ明るく、彼女は青い空を見上げた。
「樹くんが入って来る前からあのお店の常連だった。カッコいい人が入って来たなって。途中で高校一年生だってわかった時はほんとびっくりだった。──特別話したことなかったから、樹くんは私のことわからないと思ったけど、ちゃんと気づいてくれた」
(僕は……いったい何を聞かされているんだろう。コイバナ?)
「助けてくれたのが知り合いだということに、それが樹くんだってことに、安心しちゃって。『あんたBITTER SWEETに良く来るだろ。彼奴ら何?』って訊かれて、それで話を聞いて貰ったんだ、ここで」
(ええっ)
急にめちゃくちゃこのベンチが座り心地悪いもののように感じて、尻をもじもじさせる。
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