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第二十一章 5

『あんた、名前は?』 『冴木梨麻(りま)』 『じゃあ、梨麻。あんた、今から俺の彼女な』 『え?』 『何かあったら俺に連絡しろ』  その時二人の間にそんなやり取りがあり、その後連絡先の交換もした。バイト終わりが重なった日は駅周辺で待っていたり、樹のバイトが休みの日は梨麻のバイト先まで行って護衛してくれたのだと、彼女は言った。 「絡まれるのは怖かったけど、樹くんと急に親しい関係になったみたいでちょっと嬉しかった」  ちょっとどころではない嬉しさが顔に現れている。 「ある日やっぱりバイトで遅くなった夜、樹くんに連絡してから家に向かったら、途中でまた数人の男たちが待ち構えていて、危ないところに樹くんが来たんだ。私を背に隠して『俺の女に用事か?』って。そしたらその中の一人が『樹……』って名前を呼んでた。その時気がついたんだ。私の話を聞いた時から、彼はその集団のことをわかってたんじゃないかって」  ふっと梨麻の顔が陰りを帯びる。 「だから、護衛も買って出たんだって」 「そんなことないよ。いっくんは……あ、樹くんは」  僕が言い直したのを聞いてふふっと笑った。 「別にいいよ、いっくん? すごく仲良しみたいね」 (そうだね、仲良しだった。  今は違うけど)  樹のことでは今はほんのちょっとのことでも哀しくなってくる。  でも僕の話は梨麻に言ってもしょうがない。 「いっくんは、そうじゃなくても冴木さんを守ったと思います」 「そうかな。ありがとう。でもそれもひと月くらいで終わったの」 「え?」 「もう大丈夫だと思うからって。何か確信のあるような言葉だった。本当にその後は何もなくなったんだよ。私たちは普通にお客と店員に戻った」 (ん?  ひと月くらい?  でも、いっくんの『彼女説』が流れたのってもっとあとだったような)  何故こんなに時差があるのか。  それに。 「僕、BITTER SWEETで冴木さんに会った日、いっくんにあなたのこと『彼女』だって聞きましたけど」 「そうなのよね~」  答える口調は明るいのに、(にが)くも、少し哀しげにも見える笑みを浮かべた。 「十一月の終わり頃だったかな。一週間くらい樹くんがバイト休んでて、久しぶりに顔を合わせた。  十一月にバイトを休んだというのは、恐らく修学旅行の為だろう。 「その日はなんだか、物言いたげにちらちら私の顔を見てて、お会計終わった後外まで見送りに来て、吃驚したよ。『梨麻に頼みたいことがあるんだ』って──そんな感じで言われたらちょっと期待しちゃうよね」  どう期待しちゃうのか、梨麻の気持ちを聞いた僕には聞かなくてもわかる。 「なのに。案外樹くんて鈍感かも──『しばらく彼女のフリをしてほしい』って言うのよ」 

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