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第二十一章 6

「彼女のフリ……?」  耳を疑った。 「そうなのよ~」  すごく困ったような顔をしている。きっと樹の頼みごとを聞いた時もこんな顔をしていたのに違いない。 「いっくんはどうしてそんなこと……」 「普通に考えたら、カモフラージュよね。好きじゃない誰かに自分を諦めさせる為の」  どくんと心臓が変な音を立てる。 (それって……まさか……)   (でも、いっくんが僕の気持ち知る筈ないし……) (それとも……) 「あ、でも、一応引き受けるからには理由聞いてみたよ──『守りたい奴がいるから』って言ってた。それがどうして『彼女がいるフリ』に繋がるのかわからないよね。もっとわからなかったのは『誰から?』って訊いたら『俺から』って答えたことなんだけど……」  梨麻がなんだか意味深な視線を流してくる。 (なに?  なんでそんな目で見てくるの?) 「なんとなくわかったような気がするんだよね」 (え? 何がわかったの?) 「どういうことですか?」 「確信が持てないし、樹くんに悪いから言わない」  うふふと楽しそうに笑う。  更にもやもやが増えた。 「でも、樹くんて思ったよりどんかんよね。憎からず思ってる私にそんなこと頼んでくるなんて」 (確かに。  いっくん、それはちょっと酷いよ。  気づいてないなら仕方ないけど。  でも僕でも冴木さんが、いっくんのこと好きなのわかったよ?) 「冴木さん、それなのによく引き受けましたね」 「うん。頼んでくるってことは実際には、彼女いないってことでしょ? だから、あわよくば……なんて思ったわけだ。見事玉砕だけど」 「そうなんですか?」  BITTER SWEETで見た時も『彼女なんだ』と話した時も、樹の態度は本当にそうなんだと思わせるものだった。あれも演技だったということか。 「四月になってから、『もう恋人のフリしなくて大丈夫だから、今までありがとう』って言われちゃった。それから、危ないからしばらくBITTER SWEETに来ないほうがいいって──まあ、もう気まずくって行けそうにないんだけど」  梨麻の長い話は終わったようだ。  さてと、と言いながら彼女は立ち上がる。  僕の頭はいっぱいいっぱいだった。 「時間取らせてごめんね。言って回るつもりはないんだけど、私を樹くんの彼女だと思ってる人の誤解を解いておきたかったんだ。特にあなたには。──これは私のケジメかな」  梨麻が立ち去っても、僕はそのベンチから立ち上がることが出来なかった。  樹の言うことは、全部嘘だった。  しかも少しタイムラグもある。  樹が僕に『他に守りたいヤツが出来たから』と言った時には、もう既に『彼女のフリ契約』は解除されていたことになる。

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