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第二十一章 9

 当然樹もそう思ったに違いない。  でもぴくりと眉が動いたきり表情は変わらない。 「何のことだ? こんな時に」    こんな時だけど、僕には大事なことなんだ。  これを言う為に来たんだから!  そう心で叫ぶ。 「さっき冴木さんに偶然会ったんだ」 「梨麻に?」   (今も梨麻って呼ぶんだ)  小学生時代は別にしても。あの頃は男女ともクラスメートを下の名前で呼ぶことも多かった。僕はなかったけど。  樹が女の子の下の名前を呼び捨てで呼ぶのを初めて聞いた。それだけでもやもやしてしまう。 (けど、それは横においといて) 「話してくれたよ。冴木さんに『彼女のフリ』を頼んだって」  明らかに表情が変わった。  さっきは根拠もないのに言ったとでも思ったんだろうか。  根拠はちゃんとある。それを示されて、樹は動揺しているのを隠そうとしているように見えた。 「修学旅行の後くらいに突然頼まれたって。それから、四月にはもうそれも終わりになったって。でもいっくんが僕に『もう守れない。他に守りたい奴ができた』って言ったのは、それより後だよね? 全部嘘? それとも本当に他に『守りたい奴』がいるの?」  口を挟む余地もないくらい矢継ぎ早に言う。 「お前、ちょっと黙れ」 (いいや、黙らないよ。  この後が大事)    僕は樹に縋りつくように身体を近づけ、彼を見上げる。 「僕を()けたかった理由って、僕がいっくんを」  ガシャンッ。  僕は皆まで言えなかった。  突然前方の窓ガラスが割れた。  僕は門に背を向け、店側を見て立っていた。樹は逆に店側に背を向け、門を見て立っていた。  だから、気がついたのだろう。  その音がしたすぐ後に身を翻して、僕を頭から包み込んだ。  僕よりもずっと背が高く大きな身体が僕を被い隠した。  ボスッボスッ。  そんな音がして、何かが地面に数個転がった。   (石?!)  それは、投げるのにちょうど良さそうな石だった。恐らく樹の背に当たったんだろう。 (なんだよぉ、いっくん。  ちゃんと僕のこと守ってくれてるじゃない)  僕は涙が出そうになる。 「いっくんっ大丈夫?! 石当たったんじゃない?!」 「大丈夫だ」  彼はそう言うと僕の身体から離れ、門に向かって走って行く。僕もその後を追いかけた。  門を出ると、バタバタと走り去る数人の背中が見えた。 「くそっ」  樹はそう吐き捨てる。  僕のほうを見て。 「お前もうここには来るな──俺ももうバイト辞めるから」 「いっくん、辞めるの?」 「俺がいたら店開けらんねぇよ」  二年近くやっていたバイトだ。思い入れもあるだろう。樹は酷く悔しそうだ。 「それから──もう、二度と俺に近づくな」  僕は言いたいことの全てを言い終わらないうちに、再びその言葉を聞くことになった。

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