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第二十五章 2

 樹の声は少し怒っているように聞こえた。  その言葉を頭の中で反芻する。 「言っ……」 (言ったよね? えっと、ラインがきて……あの時は……それから……) 『言った』と言おうとしてから巻きで記憶を遡る。  樹から誘われた時に、僕は『またみんなで行きたいと思ってたんだ』と送った。 (そう言えば、あの後しばらくいっくんから何も来なくて……)  それから日にちとバスの時間なんかを決めた。 「言って……ないね?」  疑問形で返事する僕に、 「言ってない」  と無愛想に言い切った。 「──俺と二人じゃ……嫌か?」  さっきまでの怒ったような声とは裏腹に自信なさげな表情で。 「今日はナナと二人で来たかったんだ」 「いっくん……」 (そんな……嬉しすぎること、言ってくれるの? もしかして……僕と二人で来たくて、わざと言わなかったとか?)    そこまで考えると少し──いや、かなり自惚れすぎだろう。  樹と僕の『想い』は違う。  樹は友だちとして幼馴染として、言ってくれてるんだ。  それでも僕はその言葉に胸が熱くなる。  僕の『想い』の全ては伝えられないけど。 「いっくんと二人が嫌なわけないよ!」  つい食い気味に言ってしまい、ぱぱぱーっと顔が熱くなる。  変に思われていないか少し不安になって樹を見る。 「良かった……」  樹の口からほっと安堵の息とともにそんな言葉が漏れた。  「四人で行くのも楽しいけど──いっくんと二人で行くのもすごく嬉しい」  樹は「うん」と照れたような顔をした。 (わぁ。何この可愛い顔は)  きゅんとしてしまう。更に。 「行こ」  と僕の右手の指先を軽く握ってきた。  きっとたいして意味はない。でも僕は『デートみたい』という言葉を胸に秘めた。 (思うだけなら……いい……よね?)    僕らはエスカレーターを昇り、順序に沿って水槽を眺めて行った。  手はすぐに離されたけど。  肩が触れ合うような位置に立ち、顔を近づけて小さな窓を覗いたりもした。  一昨年ここに来た時は、昔と変わってしまった樹といることに不安や遠慮もあった。それでも楽しかった。今日はそれ以上に楽しい。  一頻り巡ると、十三時近くになった。 「腹減ったな、ナナは?」 「うん、僕も」 「じゃあ……イルカショーでも見ながら食べるか」 「いいねっ」  これは前回の明の発案。お互いにそれを思い出したんだろう。顔を見合わせてくすくすと笑う。  売店で軽食を買うと「ちょっと待ってて」と言って樹は土産物コーナーのほうに行った。  待っている間に、一人で水族館(ここ)に来た時のことを考えていた。この土産物コーナーにも立ち寄った。  あの時僕は。  ふと人の気配を感じ顔を上げると、目の前で海月がゆらゆらと揺れていた。  そう、僕の脳裏に浮かんだのはまさにこの海月のチャームだ。    

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