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第二十五章 3

「いっくん……これ」  海月を目の前で揺らしていたのは勿論樹だ。 「去年の俺の誕生日にくれたろ、これ」 「う、うん」  驚きながらも激しく頭を上下させる。  そうこれは、会えなくなった樹への誕生日プレゼントと同じもの。城河家の玄関のノブに掛けておいて──いつの間にかなくなっていた。捨てられてしまったとしても仕方ないと思っていたプレゼント。 「いっくん、受け取ってくれてたんだね」  うるっとして視界が滲んだ。 「ったり前だろ」  口調は少し怒ってようなのに、顔は凄く照れくさそうだ。 「前に来た時に見掛けたものじゃないかと、袋を開けて思ったんだ。だから、今ここで探してみた──ビンゴだったな」  今度は得意そうな顔。  ゆらゆら揺れる海月の向こうにいろんな樹の顔が見える。無表情、無愛想、怖い顔以外の表情を随分見せてくれるようになった。  それがすごく嬉しい。 「ここでプレゼント買いたくて、一人で来たんだ。いっくんと一緒に回ったこと思い出しながら」 「そっか……サンキュ」  海月を挟んで見つめ合う。 「…………」 「…………」 「……早く受け取って。イルカショー始まっちまう」 「え? 僕に?」 「なんだと思ったんだ?」 (……見せてるだけだと思いました)  よくよく考えたら──よくよく考えなくてもだけど、樹がそんなことする筈もない。  めちゃめちゃ嬉しくなる。 「ありがとう、いっくん」  僕は両手でそれを大事そうに受け取った。 「これでだな」  樹がにっと笑った。  一昨年に来た時にも僕に買ってくれた。あの時は、あわよくばお揃いにと思ってお返ししようとしたら拒否られたんだ。   (お揃いなんて嫌だと思ってたのに……) 「お揃いいいの?」  上目遣いに言うと、そっぽを向いたまま頭の上をくしゃっとされて。 「いいよ」   (ほんとは勝手に同じもの買ってたんだけど……これは気持ち悪過ぎるので、いっくんには内緒。あれは引き出しの中に眠らせておこう……) 「海、見ないか?」  水族館を出てから樹にそう誘われた。この水族館は裏に回るとすぐ海岸という立地だ。 「うん。いいよ」  僕は即答した。 (どうしたんだろう、今日のいっくん)  まだ帰りたくないと思っている僕の心を見透かしているように。 (これじゃほんとにデートみたいだって、僕勘違いしちゃうよ)  嬉しい気持ちと、樹にはそんな考えは全くないだろうという切ない気持ちが、複雑に混ざり合った。  僕らは砂浜を並んで歩いた。 「少し寒いな」  日中はぽかぽか陽気だったが、春の夕方の海風はやはり冷たかった。 「そうだね」  それでも時折触れ合う腕に、身体も心も温かくなる。

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