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第2話
厚木が”藍”へやって来たのは、深夜に差しかかる時間だった。
家政婦の山科も帰った時間である。
吉継も寝ているだろうと思い、彼が使っている二階には上がらず、リビングのソファで横になる。厚木は寝付きがいい。
ものの数分としないうちに寝息を立てていた。
「聡実さん、そんなところで寝ていたら風邪を引きますよ」
「…ああ」
寝る前は無かったタオルケットが掛かっていた。山科が掛けたのか。
「いついらしてんですか、知っていたら夜食くらい用意しましたのに」
「…いや、いい。吉継は」
「あと三十分くらいで起きてこられるかと思いますが、会って行かれますか」
「いや、もうすぐ笠井が迎えに来る。またにする」
「そうですか。なるべく早くお越しになってあげてください」
「…なにかあったのか」
山科が厚木のすることに何か言うことは珍しい。
「何かなんてありません。ただ、淡々としてらっしゃいますが、どこかうわの空の時があります。ここ数日は特にそうです」
「療法士とのプレイが合っていないのか」
この一週間、そんな報告は受けていない。
「私はあまり詳しいことはわかりませんが、あんなことがあった方ですから…、寂しいのかも知れませんね」
「…」
あの鈍くて図太い吉継が、寂しい?
にわかには信じられない話だ。
カウンセリングでも特に寂しさに繋がるような訴えはしていないと聞く。
あんな経験をしておきながらトラウマ症状も無く、食欲もあり、夜もよく寝ているようだ。健康そのものである。
外出はいつできますかと質問していたらしいので、厚木に会いたいのはその辺りだろうと思うが、山科の観察眼には一目置いている。
「そうか、顔だけでも見ていくことにする」
「はい、ありがとうございます」
程なくして、秘書の笠井がやって来た。
山科から経緯を説明されて、「はぁ…」とこれみよがしのため息を吐いて、スケジュールアプリを開いている。
厚木の我儘によるスケジュール変更は今に始まったことではない。
今回は山科が間に入っているので、小言は免れそうだ。
「山科さん、おはようございます」
「おはようございます、蘭さん」
「あ…厚木さん…」
目を擦りながら山科のいるキッチンを覗き、リビングに人がいることに気づいた。こちらを見て驚いている。
「俺に会いたいと言っていたようだな?何か言いたいことがあるのか」
報告通り、この十日あまりで吉継の毛艶は随分良くなっていた。
マスコミも落ち着いてきている。このまま安定していれば、外出くらいしても良いと言おうと思っていた。
「言いたいこと…」
呟いた吉継の表情がみるみる険しくなっていく。
「…そんなこと…」
「吉継?」
山科と笠井も、吉継の急変に目を見開いている。
「あなたに言いたいことなんて何もありません。顔も見たくないです……あ…、お仕事頑張ってください」
最後は、山科の視線を感じて取って付けただけだ。
明らかな怒りを発して、吉継が踵を返す。
それを山科が追う。
「あれが、毎日様子伺いをしてまで言いたかったことか?」
「親の仇と出会ったようでしたね」
吉継には感謝しろとは思っていないが、恨まれるようなことをした覚えはない。
あくまで、常人の感覚での話だが。
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