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57 複雑な思い

「なんかごめんな。俺はもう出るから」  理玖がシャワーを浴びにバスルームの扉の中へ入るのを見届けた伊吹は、申し訳なさそうに俺に言う。 「そうですよ、少しは遠慮してください」  そう言いつつも、理玖が俺以外に安らぎを求めてしまうのは俺がただ不甲斐ないだけなのだとわかっていた。  ひと目見ればわかるはずの「運命の番」なのに、気づいてやることが出来ず、更にはひどい言葉を投げかけ深く傷つけてしまった過去がある。理玖は「お互い様だから」と、もうとっくに許していると言ってくれても、やっぱり俺の中では後悔でしかない事実だった──  理玖はシャワーから戻るとドライヤーを持って俺の前にちょこんと座る。 「あれ? もう帰った?」 「伊吹さん? うん、とっくに帰ったよ」  いつものように背後から髪を乾かしてやりながら「俺が追い出したわけじゃない」と、何となく言い訳のようなことを考える。理玖はきっとそんなふうに思っているわけじゃないけど、僅かな罪悪感が当たり前に顔を出す俺は目の前の白い頸を見つめた。  初めて理玖を抱いた時、我を忘れ夢中で齧り付いてしまったこの細い頸。「運命の相手」だとわかり俺が無意識に齧り付いたことは必然だったんだと理玖は笑うけど、あの時の俺はそのかけがえのない大切な番である理玖を傷付けたまま、勢いで契約を交わしたみたいでとてつもなく嫌だった。今でこそ、その罪悪感は俺の中で小さくなっているけど、ふとした時にこうやって思い出しては自分の不甲斐なさにイラついてしまう。  最愛の理玖が毎日笑って過ごせていることに安心する。だからこそ伊吹ではなく俺が全てを与えたいと思ってしまう。そんな小さく燻る嫉妬心は理玖にはいつもお見通しだった。 「せっかくだからどこか出かける?」  振り返る理玖が可愛い笑顔を見せ小首を傾げる。 「……うんん、出かけない」  俺は後ろから抱きつきながら理玖の頬にキスをした。伊吹が出ていきやっと二人きり。湧き上がる独占欲は抑えることができなかった。 「出かけないでなにするの?」  ドライヤーを片づけに立ち上がった理玖は俺を見下ろし頬を染める。聞かなくてもわかっているだろうと、俺はあえて何も言わずに目の前の細い腰に手を回した。 「いちゃいちゃしたい……」

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