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62 番にしかわからないこと
βの母親とノーマルな父親の間に生まれた俺は、最初のバース検査でαだと診断された。恐らく隔世遺伝だろう。俺の属性が知られた途端に親戚からはチヤホヤされ、その周りの変化に俺は心底うんざりしていた。それでも両親はずっと変わらず、もちろんバース性なんて関係なく、これ以上ないくらいに愛情を持って俺のことを育て上げてくれた。
何をするにも「αだから」と言われ、優秀なのだと周りは俺を持ち上げる。大学に進学する頃にはαというバース性を目当てに近付いてくる人間ばかりに感じ、人間不信の状態になりつつあった。実治と出会い、初めて友人と呼べる友を得て、俺は心が軽くなったのを覚えている。この頃から「運命の番」を本格的に探そうと心に決めたんだ──
いつものように俺は理玖に会いたくて店に足を運ぶ。
今日は友人の実治ともう一人のアルバイト、そしてこの店の店長である伊吹の三人しかいない。
「今日は理玖さん遅番だよ──」
実治は俺の顔を見るなり面倒臭そうにそう言った。特にスケジュールを聞いているわけじゃないから遅番なんだか早番なんだか、俺はいちいち把握はしていない。いつも適当に来てのんびりと過ごしていることが多かった。
「ふうん、遅番ね。あ、実治、いつものな」
「……早番遅番も知らされてねえのかよ」
「いや、別にここに来りゃ会えるんだからいいだろ」
何か不満そうな顔をした実治は俺の飲み物を作りにカウンターに入る。バイトを始めたばかりの頃は初心者丸出しで、ぎこちない様子だった実治もすっかり慣れた様子で店を回していた。
「翔はさ、理玖さんと番ったんだよな?」
「ああ……なんだよその顔。文句でもあるのか?」
俺のドリンクを持って戻ってきた実治は相変わらず不満そうな顔。ここ最近の実治は俺に何か言いたげで機嫌が悪い。何か気に触ることをしてしまったのだろうかと心配になる程だ。俺が偽りなく自分らしく接することができる唯一の友人である実治もまた、俺に対してありのままをぶつけてくれているのだろうか遠慮がないきらいがある。少なくとも今の実治の表情は客相手にする顔ではなかった。
「いや、文句っつうかさ、翔が良ければいいんだろうけど…… 番う前からもさ、理玖さんの翔に対する態度に思うところがあるよ俺は」
実治の言いたいことはなんとなくわかる。理玖は番う前から俺に対して酷い塩対応だった。でも、番ってからはぐっと距離も縮まって、俺にしか見ることができない可愛いところなんかも沢山ある。そう、番の関係性である俺たち二人にしか感じることのできない、絶対的な繋がりが存在しているのがわかるからか、側から見たら「それでいいの?」と思われるような扱いでも俺は何も不満に思わないし不安もないのだ。そういうところを知らない実治にとってみたら、俺に対する理玖の態度が気に入らないのはしょうがなかった。
「気にかけてくれてありがとな、実治。でも大丈夫だから。ちゃんと愛されてるよ? 俺は」
「なんだよそれ、惚気ウザ──」
なんなら俺に対してめちゃくちゃ可愛い態度の理玖は俺しか知らないのだと思うと優越感がわく。まあ、とはいえ、素の理玖を知っているのは俺以外にもう一人いるのだけれど……
「お、翔君いらっしゃい、今日は早いね」
奥から出てきたのは伊吹。と理玖だった。遅番だと聞いたばかりのこのタイミングでの理玖の登場に、俺も実治も少し戸惑う。「もう少し奥で休んでるから」とすぐにバックヤードに引っ込んでしまった理玖の後ろ姿を目で追った後、実治と伊吹の顔を見る。
「理玖さん今日は遅番っすよね?」
聞かれた伊吹は一瞬だけ気まずそうな顔をしたけど、すぐにいつもの調子に戻っていた。
「ああ、ちょっとな……あ、翔君は最後までいるんだろ? よかったら理玖と一緒に帰ってやってくれないかな」
「……言われなくてもそのつもりだけど」
何やら歯切れの悪い言い方の伊吹が、らしくなくて胸が騒ついた。
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