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64 理玖の不安

 翔のことを知れば知るほど、伊吹と同様優れたαなんだと痛感する。  翔は俺に対してこれ以上ないくらい優しく、甘やかしてくれる。それなのに、落ちこぼれた自分はどうでもいいようなことでイライラしたり卑屈になる。俺なんかが翔の「運命」でいいのだろうか。もう番ってしまっているからどうしようもないのはわかっているけど、あんなにも惹かれ結ばれた運命の相手なはずなのにこんなふうに考えてしまう自分が尚更駄目な人間のような気がしてならなかった。  冷静になって見れば、自分は高校中退でずっと伊吹の店で働いてきた。学もなく親にも捨てられたような自分が、優秀なαである翔と番になってしまったことが申し訳なく思えてしまう。育ちの良い、誰からも愛されるような可憐なΩの女と番った方が翔にとって本当は良かったのではないかと頭をよぎった。ここ最近、こんなネガティブな思考ばかりで嫌になる。  弱い俺がこんなふうに考えているから、悪いものを引きつけてしまっているのだろうか。  俺の周りをうろつく不審者。  俺自身は何も気づいちゃいなかった。伊吹に気をつけろと言われても何をどう気をつけたらいいのかわからない。翔には心配かけたくないし話のしようもないから黙っていたけど、どうやら伊吹に聞いたらしく案の定心配をされてしまった。みんな大袈裟なんだと言ったところで翔には伝わらない。とりあえず今日のところは仕事終わりを待っていてくれたのもあり一緒に帰った。 「──なあ、ちょっと聞いて」  帰宅後いつものようにシャワーを浴び、寛ぐ俺は翔に背を向け髪を乾かしてもらっていた。翔の言葉がドライヤーの音と少し被って聞き取りにくかったけど、その表情を見て姿勢を正す。心配をかけたくなかったのに、仕事中のあの表情よりさらに心配そうな顔をして翔は真面目に話し始めた。 「俺さ、正直今の状態に少し不満があって……」  不満という言葉に、いよいよ愛想を尽かされてしまったのかと、翔の自信なさげな表情も相まって不安になった。でも翔からはいつも通りに俺への愛情が伝わってくるし、むしろいつも以上に俺のことを気遣っているのが伝わってくるから少し混乱した。 「不満? なに? どうしたの?」 「ああ、違う……ごめんな。不満っていうのは俺自身にだから。理玖がそんな顔しなくていいよ」  俺の心情を察してか慌てて言葉の訂正をする翔。向かい合って座り直した俺を優しく抱きしめてくれた。 「理玖。この部屋を出てさ、俺と一緒に暮らさないか?」 「え……?」  翔の言葉に俺ははっとして顔を上げた。少し照れくさそうに翔は俺から目を逸らすと「ずっと一緒にいたいから」と小さく呟く。  このアパートは俺が子供の頃から住んでいた家だった。過去には父親がいて母もいて、ちゃんと「家族」だった場所。いつの間にか一人減り、二人減り、俺一人が残された部屋。今更俺を捨てた家族がここに戻ってくるなんて微塵も思っちゃいない。なにか理由があってここに留まっているわけではなかったから、突然の翔からの提案に、俺はちゃんと翔に必要とされているんだ、と喜びしか湧かなかった。

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