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68 忍び寄る……
翔との新たな生活まであと数日。荷造りも諸々の準備もだいぶ整ったいつもと変わらない一日の終わり、俺は店を出て一人家路につく。
歩き慣れた道、人通りの少ない路地を抜ければ駅前の通りに出る。日中は様々な店が賑やかに人を迎え活気に満ちた駅前通りも、終電と始発の間のこの時間は驚くほどに静かだ。時折酔っ払いと思しき奇声が聞こえたりもするけど、今の今まで一度たりともトラブルなどに見舞われたことはなかった。
「はぁ……」
思わず溜息をこぼし、俺はポケットの中のスマートフォンを握る。店を出てからずっとついて来ていた何者かの気配。気のせいかと思っていたけど、それがだんだんと距離を縮めてきたのがわかって確信した。
つけられている──
以前から伊吹に言われていたことを思い出す。確かに伊吹に言われてから誰かに付きまとわれているのかも、と自分でも気がついてはいた。伊吹は「僅かながらだが悪意がある」とも言っていたけど、それでも毎日ではないし何かされるわけでもないし、初めこそ気にはなっていたけど害はないと判断した俺はそれからは気に留めることもなく生活していた。
それなのに、今日のこれは明らかにいつもとは違っていて、ゾワりと嫌な空気が背中を伝う。薄暗い人気のない道。明らかに背後から近づいてくる足音にじわじわと恐怖心が湧いてくる。振り返りこの目で確認できればいいけど、下手に刺激してはいけないと頭の中で警笛が鳴る。俺は素知らぬふりをしていつものように歩くことしかできなかった。
距離が詰まりいざとなったら走って逃げよう。その前にポケットからそっとスマートフォンを取り、念のため翔と伊吹に簡潔にメッセージを残した。
この場所なら店から来るであろう伊吹の方が近い。どうか気のせいであってくれ……という願いも虚しく、更に足音が近づいてくる。気持ち悪いことに俺の歩調と合わせているかのような足音。無意識に早足になる俺と、距離を保ちつつ追ってくる誰か。ここまでくればもう恐怖でしかなく、走り出してしまいそうになるのを堪えるのに必死だった。
手元で震える振動に気がつき、俺はチラリとその画面に目を向ける。翔と伊吹からすぐに返信が来たことにホッとした。
あの角さえ曲がれば多少は明るい場所に出る。閑散としつつも始発待ちにちょうどいい蕎麦屋やカフェもあるから、人の目もあるだろう。人の目さえあれば自分は安全だ。この得体の知れない人物も俺に接触などしてこないだろう。少しずつ背後に近付く誰かに意識を向けつつ、どこの店に逃げ込もうか考えていた。
ビクビクと怯えていた俺にとって、僅かでも明るい場所に辿り着けたことだけで安堵する。どうか何事もなく過ぎますようにと息を詰めた瞬間、俺の肩に誰かの手がぽんと乗り力強く掴まれた。
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