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第2話
地下鉄の階段を降り、改札に向かう。カードを取り出すためにカバンに手を入れた時、聞こえた。
「トモキ。」
耳をくすぐるこの声は聞き間違いようがない。
僕は振り向く。あなたは僕の名前をしっているのに、僕は知らない。なんだか不公平だね。
だから聞く。
「あなたは誰?」
あなたは心もち首をかしげて面白そうにほほ笑む。そのほほ笑みの奥に艶めいたものを感じてしまい、足に力が入らなくなる。
「僕は、ミサキ。」
それは名字?それとも名前?
そんなことはどうでもよくなった。ミサキが言ったから。
「僕と一緒に来てくれるね?」
ミサキは僕に確認もせずに背中をむけて出口にむかう。抵抗できるはずもない僕はその背中について歩きだす。
タクシーに乗り込む彼に続いて車内に滑り込んだ。二人だけの空間を意識したら、急に空気が薄くなってしまったようで苦しい。
何も話す必要はなかった。言うことが何もなかった。
だって僕はミサキのことを何も知らないのだから・・・。
僕の手の甲をミサキの人差し指がすべる。たったそれだけで体中が熱くなった。
これからミサキに抱かれるんだ。
身震いした。
地下鉄から2駅先のエリアにミサキの居場所があった。滞在型のコンドミニアム。
ミサキは何もいわずにドアの向こうに消えた。まもなくして水音が聞こえてきたからシャワーを浴びているんだろう。
現実じゃないような状況の中、シャワーの水音だけが響く。
SEXの前のシャワー。そのあからさまな現実は奥深くに疼きを生む。
意味もなく広いリビングに二人掛けのソファが小さく見える。そこに腰かけるのも気が引けて、背もたれに腰を預けた。いつもは色々なことを考えるタチなのに、今は何も浮かんでこない。僕の頭の中は黒い瞳に覆われていた。
ミサキが腰にバスタオルをまいただけの姿で僕の前に立つ。
まったく肉のないしなやかな胸。筋肉すら感じさせない細い身体は、無駄をそぎ落とした、なにか硬質な物のようだ。
流されていた髪が今は額に落ちている。その髪の間から見つめられて、めまいがしそうだ。
手を伸ばせば届く、そんな距離で僕の前にたち、ミサキは僕を見る、何も言わない。
息ができない、期待感にのどが渇く。
「僕たちには時間がない。」
ミサキが小さな声で呟いた。
「みつかってしまったね、僕は。」
「みつかってしまった?あなたが僕をみつけたんじゃなくて?」
ミサキが髪をかきあげる。そのしぐさは僕を昂ぶらせる。
「いつか君みたいな人に掴まるって予感していたんだ。僕の欲しい「死」をくれる人をね。」
「し?」
「そう、死ぬこと。フランスではオーガズムやSEXのあとのまどろみを『小さな死』と表現する。僕はいつもそれを欲しいと思っていたんだよ。」
僕は何も言えない。恐ろしいくらい魅惑的な言葉。
小さな死…
「トモキ、シャワーを浴びておいで。」
僕は言われたまま浴室に向かう。
熱いお湯を頭からかぶり、丹念に自分を洗い清める。何の疑問もなくこれ程誰かを欲したことはない。
いや、違う。相手を欲しいと思ったことはある。
ただ、何もしらない男にこれ程欲情したことがない。
彼と肌を合わせないと、自分が無くなってしまう。そんな強迫観念じみた声が自分の中からきこえてくる。その声に背中をおされて、ミサキに向かう。
僕はミサキの前に立った。
何も身につけないままで。
黒い瞳が僕の中心に置かれる。
そして、つま先から目まで執拗な視線が這いあがる。
その湿った視線は肌に跡を残す。まるで触れられたように・・・
そんな風に見つめられて熱が集まってくる、僕は止められない。欲望の証が徐々に頭をもたげる。
「今まで数えきれないほどSEXでイったよ。小さな死っておおげさじゃない?」
身体の反応と裏腹に、僕の言葉は薄っぺらだ。
「快感を得るSEXなら僕だって知っている。今までそれでいいと納得したつもりだったけど、トモキをみたら・・・よくないと思った。」
ミサキが僕の首筋に指を滑らせた。手の甲と一緒で僕の肌は一気に熱くなる。
ミサキの視線が怖くなって、僕は下を向いた。
バスタオルごしにミサキが昂ぶっているのが見える。
結婚していて子供がいる普通の男なのに
欲望が頭をもたげている
僕が触れられてもいないのに勃ってしまったから?
いやらしく濡れているから?
そして気がつく
この人は本当に僕が欲しいんだ・・・
本当に僕と死にたいんだね・・・
もう我慢できなかった。
ミサキに口づけた後、唇を離して挑むようにほほ笑む。
「じゃあ、殺してみてよ。」
ミサキが僕に喰らいついた。
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