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第4話
「どうしたの?そんな息をあげて」
とっさにミサキに追い上げられる自分が見えて、ミサキの指が欲しくなる。
僕は何も言えない。時間がない、それに気がついて怖くなったなんて言えないじゃないか。
言葉にできずに建っているとミサキに抱きすくめられた。服を着ているときに抱きしめられたことがなかった戸惑う。
この温かさ……たぶんこれ以上知ってはいけないものだ。僕は腕から逃れようとしたのに、ミサキが離してくれない。
「トモキ、今日は普通のことをするんだ」
「普通ってなに?」
「一緒に食事にいって、戻ってきたらDVDを見るんだ」
「なんで?」
「トモキは嫌?」
ミサキの声が吐息になって僕の耳をくすぐる。食事なんていらない、それにDVDを見ている時間があったら、抱いてほしい。
「もちろんSEXだってする」
ミサキがそう言ったから、僕はうなずいた。
ミサキの家をでて並んで歩く。目についた適当な店に入って向かい合う僕らに会話はない。
だって互いに何も知らないのだから、話すべきことが見つからない。普通なら楽しい食事になるのだろう。でも僕たちの関係は普通ではなかった。僕自身にもミサキとの関係をはっきり説明できない。
ねえミサキ、僕たちって何?
「トモキ、なんか話して」
ミサキは僕のことを知りたいと思って言ったわけではない。たぶん話している僕を見たいだけなんだ。だから僕は何も言わない。
「トモキ?」
なんだか意地悪な気持ちになる。
「ミサキ、なんか話してよ」
また僕たちの間に沈黙が落ちる。時間を無駄にしているような気がする。僕たちはベッドの上なら言葉なんていらないのに。それなのに今何をしているのだろう。
「トモキはどうして今の仕事を選んだの?」
ミサキの質問が変わる。
「そんなこと聞いてどうするの?」
「知りたいから」
「ほんとに?」
「本当に。僕が君に初めて会った日。トモキよりも先に店についたんだ」
「え?」
「朝倉との約束より早く着いてしまって。あいつの性格だと一番早くくると思ったから、少し早くても大丈夫だと思ったんだ。でも少し早すぎた。だから出なおそうと思っていたらトモキがやってきた」
全然記憶がない。ミサキが外にいた?いたなら気がついたはずだ。店内で初めてミサキをみて熱を覚えたことを思い出す。
「トモキから僕は見えていなかったはずだよ。斜め向かいのコンビニの中にいたからね」
そうだったんだ……それなら気がつかない。
「中で朝倉を待たせてもらおうと店をのぞいたら、君が見えた。
作り物みたいな、そうだな血の通っていないアンドロイドみたいだったな。それなのに、きびきび目的をもって働いている姿から目が離せなかった。
トモキは時間とともにどんどん血が通って、一人の人間になった」
ミサキの目に映った自分の描写は非現実的だ。
「朝倉やシゲに笑顔を見せるのを見た時、僕は恥ずかしいけど嫉妬したんだ。
その人は僕のものなんだってね」
「え?」
「朝倉との約束なんかどうでもよかった。トモキに捕まえてもらうために、僕は店に入ったんだよ」
ミサキは嫉妬といった。でも僕らの関係には、その感情は必要ないし気がついてはいけない種類のものだ。
僕らは本能だけ共有しているんだよミサキ。感情や心に目をむけてはいけない。
「僕達の間に嫉妬はいらない」
思わず冷たい声がでる。
「そうかな」
「だってそれを考えてしまったら、何もできなくなってしまうよ、ミサキ」
ミサキが僕の目を見る。少し首を傾けて。地下鉄の駅で僕が名前を聞いた時と同じだね、ミサキ。
「僕には2年つきあっている彼がいる、ミサキには奥さんと子供がいる」
ミサキの目が見開かれた。そんなにびっくりしなくたっていいじゃないか。どす黒い凶暴なものがわき上がって来る。
「知ってた……のか」
「マスターが出産祝いをミサキにタカられたって」
「朝倉が……」
他の誰からそんな情報が入ってると思ったの?
「今日のミサキは変だよ。
僕らに普通の時間はいらないよね。だって時間がないんだ。もう10日も過ぎてしまったんだよ。哲平は明日から出張で10日間いない。でも帰ってきた日はさすがに顔を見にいかないと。どんどん時間がなくなるんだよ?」
ミサキはテーブルを見つめたまま、指先でテーブルに落ちたグラスのしずくを伸ばしている。そんなことに僕の好きな指を使わないでほしい。ミサキの指はそんなことをするためにあるわけではない。
「哲平っていうんだ、彼」
僕はふいに泣きたくなる。
「僕は奥さんの名前も、子供の名前も、男か女かどっちなのかも知りたくない!」
またミサキの目が見開かれる。
「ミサキって名字なのか名前なのかも知りたくない。もし名字だったら、あなたの家族と共有しているものになるね。僕はそんなものはいらない。
いっそのこと、ミサキじゃなくて「あなた」と呼ぼうか?」
今の僕の反応はまぎれもない嫉妬だ。僕はどう転んでも勝てない。ただの20歳の男が「家族」に太刀打ちできるはずがない。
だから嫌だったんだよ?どうしてこんな普通のことをしたかったんだよミサキ。暗闇のベッドの中なら、僕達はお互いのこと以外考えられなくなるのに。そのほうがいいのに。
「帰ろうか」
ミサキの声にうなずく。
「ミサキが言ったんだ。DVDを借りにいこう」
僕は先に歩き出した。ミサキはついてくるはずだ。
レンタルショップの中でうろうろするけれど、別にみたい映画があるわけではない。どれでもよかった。でもこのまま今日をうやむやにしたくなかった。
ミサキをもっと追い込みたかった。僕の心に歪を作ったから、同じようにミサキの心に楔を打ちたかった。
僕はあるタイトルを思い出して探し始める。何か所か確認したら目当てのものが見つかった。
「ミサキ、これにしよう」
ミサキは僕から離れずにちゃんといた。
「これずいぶん古い映画だよね」
「いいんだよ。これで」
ミサキそれ以上何も言わなかった。
広いリビングの二人掛けのソファに並んで座って映画を見る。僕が選んだのは「ナインハーフ」
今までの僕なら絶対に選ばない映画だし、前に見た時はまったく意味が理解できなかった。でも今はわかる。この映画の二人のように、僕達も突然出会って始まってしまったから。たとえ知らない相手だとしても、心でも脳でも止められないほどに欲しいと思えることがあることを知ってしまった。
見ながら思った。突然出逢った二人が、身体をきっかけにつながったあと心を欲しがる。そこに歪みがでてきて、それ以上の関係になるまえに破滅と終りがくる。
本能でつながった二人は相手にそれ以上求めてはいけない。
心がつながって、その先にSEXがあって……そんな関係だったなら、相手の心を欲しがってもいい。
僕らは違う、すごく深い奥底で結ばれてしまった。僕達の想いは表面に出て来てはいけない類のものだ。
終わった映画のエンドロールに向かって僕が口を開く。
「ミサキ、この二人は僕達に似ているね」
「そうかな、僕達は相手を殴ったりしないよ」
「いっそのこと殴りあったら正気にもどるかもよ、キム・ベイシンガーのようにね」
「今日のトモキは意地悪だね」
「ミサキ、これはあなたが始めたことだよ?」
ディスクを取り出すために立ち上がった僕の手をミサキが握る。僕は狼狽えた。今僕らは肌を合わせていないから。裸の時しか相手の手を握ったことがないから。
「僕が結婚しているから、怒っているの?」
ミサキの言葉に僕は怒りが吹き上がった。あまりに強い感情で僕の視界が曇る。嫌だ、こんなところで、ミサキの前で泣きたくない!
「彼氏がいる僕に腹が立つ?どうなのミサキ」
僕はミサキを睨みつける。そうしないとこぼれてしまう。涙は今いらない。
「そうだね……仕方がないこと……だったね」
諦めの表情とともにミサキが呟く。そうだよ、どうしようもないことだ。
「ミサキ?この映画は僕らに似ているって言ったのは時間がないことなんだよ。彼らは結果的にそうなった。僕らは最初からゴールを知っているっていう違いはあるけどね。
この映画のタイトルは時間なんだ。9週間半で終わった男女の話だ。それでもね、僕達の倍以上なんだよ」
ミサキが僕の手を握ったまま立ち上がった。
「だからね、こんなことしていていいの?ミサキ。普通が必要なの?」
ミサキが僕の瞼に口づけたから、泣きそうだったことが知られてしまっただろう。僕の好きな長い指が首筋を滑る、顎から首筋、鎖骨。ゆっくり上下するたびに肌の温度が上がる。
ミサキの唇が耳の裏側に触れ、生温かい舌先が後に続くと、勝手にうなじの毛が逆立った。首筋からわき腹に降りた指が生き物のように肌の上を蠢く。
こうなったらもうだめだ。舌先の執拗な動きと指先の圧力によって皮膚の下からもう一人の僕が目を覚ます。
もう我慢できない。
ミサキの舌先を耳から引きはがし唇でとらえる。一瞬驚いたように動きを止めたあと、それは簡単に僕の口腔に入り込んだ。待ち構えていた僕の舌が迎える。熱く湿った舌は2つとも大きく膨らみ、互いの口内を自由に這いまわる。僕は身体の中心からわき上がる熱とともに、さらに大きく口をあける。
これは口づけなんて甘いものではない。互いの口を食い合っている。もっと深く、もっと深く。まるで内臓同士を合わせるかのような行為は零れ落ちる唾液とともに、互いの身体に染み込み、さらなる欲を呼び起こす。
息ができない、苦しい……でも止めることができない。
突然唇が離れて空気がどっと流れ込む。抱きかかえられるようにしてベットの前に引きずられた。
目の前にある黒い瞳は、さっきまでと違い男の色をにじませてギラギラ光っている。熱に浮かされたように少し細められて、そこに触れたら欲の色を感じられそうだ。
めまいがする。見つめられているだけで触られた時と同じ快感が背筋を走った。
「あぁっ」
たまらず漏れた僕の呻きは次の瞬間叫びに変わった。
「ん!ああ!」
ミサキが僕の首筋に喰らいつき、きつく吸い上げた。ピリッとした痛みは忽ち熱にとってかわる。
いきなり強く押されて僕は背中からベッドに落ちた。シャツのボタンが引きちぎられ、ヒヤっとした空気が肌を滑る。はだけた胸元にミサキの唇と舌が襲いかかり、すでに尖った先端をなぶられ、つま先にまで快感が飛んだ。
暗闇の中、聞こえるのは互いの荒い息遣いだけ。
ミサキの手が熱い、僕の肌はどこも沸騰しそうだ。さんざん唇でなぶられ、唾液まみれになった尖りを甘噛みされて声がでる。
「あああ」
「くぅっ」
「うっ」
「んぁ……」
吐息と呻き以外何も言えなくなる。
胸・わき腹・くぼんだ臍の周りを濡れた舌が這いまわり、唾液を塗りこめられる。僕の中に注ぎこむように舌と唾液が肌を往復する。何度も何度も、何度も。
あぁ、もうだめだ、そんなんじゃたりない……。
待ち構えていた僕の中心に手が触れる。すっかり反応してしまっていることを確認したミサキが耳もとに口を寄せた。
「ふふ」
ミサキの笑いは僕の耳に吐息となっておりてくる。あぁ、それだけでイってしまいそうだ。
いっきにボトムと下着を下され下半身が晒された。あぁ、やっとだ。期待に身震いする身体。
でも唇が戻ってこない。
熱い手を待っているのにやってこない。
薄く眼をあける。潤んだ瞳のせいで視界が曇る。きっと僕はねだるような顔をしているはずだ。知ったことじゃない。
滴がこぼれるくらい淫靡にほほ笑みながら、反応しきって濡れてしまった僕を見ているミサキ。
「ああ、もう無理だ、お願いだ……よ」
ミサキに向かって手を伸ばす。こんなにされて、放っておかれるなんて耐えられない。
「ああぁ、あ、あ」
ミサキの口にとらえられ背中が反り返る。僕達は何もかも熱くて濡れていた。舐めあげられ、啄ばまれ、後ろの窪みとの間を指が滑る。勃ちあがりすぎて脈打ったものはもう限界だ。
「だめだよ、もう……だめだ、あっあぁ」
とたんに愛撫が緩められて絶頂を逃す。高みに押し上げられたあと、また引きずり降ろされる。延々とそれが繰り返され、もう脳は働かない。理性も何もかも手放す。
「くれよ、たのむよ」
恥もプライドもかなぐり捨て、浅ましく腰を振った。自然と揺れる腰。だって動いていないと気が狂いそうだ。
散々僕をいたぶった口が離れ、とがった舌先が僕の中に入って来る。唾液を塗りこまれ滑りがよくなったところに、しなやかな指があとに続く。
僕はミサキに何もかも知られてしまっている。どこに刺激が欲しいのかわかっているはずなのに、そこに長い指がやってこない。
「なんで……?」
耐えきれず更に腰が揺れる。
「なんでもする、お願い……ミサキ」
あと一息でいけそうなんだ。頼むよ。
突然僕の中でミサキの人差し指と中指が弾かれた。
「ああ!ぁあ」
待ちに待った刺激はあまりに強すぎた。たまらず自分の腹の上に欲望を弾けさせる。指はとまらない。
ピン、ピシッ。ミサキの指はバネのように僕の中で何度も弾けた。
ビク、ビクッ。僕のいうことを聞いてくれない腰は痙攣を繰り返す。
快感が身体中をかけめぐり、僕は僕でなくなっていく。もっと欲しい、もっと強く!
ようやくミサキが僕から身体を離し、トロトロとしたジェルをたっぷり塗りだす。そそり勃ったその質感が待ち遠しく身体が震えた。ミサキを僕がそんな風にしたんだと思うと、知らずに後ろが引き絞られる。
あ、早く。
弾かれて、じらされてグズグズになった僕の窪みにも、ジェルが塗られる。ミサキの体温で温められた液体は僕の入り口を行ったり来たりするから、ムズムズした疼きが腰のまわりに溜まっていく
それをくれ、くれたら絶対に後悔させないから。息を吐いてミサキを待つ。
生き物とは思えない程、硬くなったものが僕にあてがわれた。入り口でゆるゆる出入りを繰り返し、いっきに突きあげられ叫びがほとばしる。
「うわぁああ!」
痛い、痛いけれど少しすれば別のものになる。力を抜いて迎え入れ痛みをやり過ごす。ミサキは感触を楽しむように、ゆるく腰を揺らす。そのわずかな波とともに少しずつ何かが湧き上がり、そして噴き出す。
「う、うごいて」
僕の声を合図に欲しかった力強い律動がやってきた。
「んん、はぁ、あ、あ、あぁ、ぁぁ」
安堵と快感によって口からでた声は甘く蕩けている。さっき弾かれた場所を執拗に刺激され身体がうねった。
突きあげられ、抜けそうな程に引き抜かれる。ミサキの動きとともに僕の内臓が引きずり出されるようだ。ああ、壊れそうだ、身体の中がぐちゃぐちゃだ。
「くっ、あぁ、トモキ」
初めてミサキが声をだす。ミサキの声は僕の脳天を突き抜け、たまらず締めつける。
「う、あぁぁ、あ」
また声がする。さらに僕は締めつける。
互いを刺激しあい、うわ言のように名前を呼び合い、高みに向かっていく。僕の身体はつながった部分しかなくなる。そこに心臓も脳もあるみたいだ。
お互いの熱によってミサキの心臓と僕の心臓が重なる。
肌を打ちつけ合う音。
熱にうかされた互いの呻き。
繋がった部分から零れる液体の生温かさ。
うねる快感。
一段と速くなるミサキの動きと、ぐっと増した質量を感じた。
ああ、もうすぐだ、もうすぐやってくる。苦痛にも似た歓びとともに光が見える。押しつけられたミサキの唇からくぐもった喘ぎが漏れでた。
「んん、くっ、あ……ぁ」
「うわぁぁぁ、あああぁぁぁ」
僕は快感のしぶきを散らせる。同時に身体の奥に感じる熱い証 。
僕達は抱き合いながら深く深く沈んでいく。小さな死に向かって……
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