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第5話

 白々と明ける頃、僕は目を覚ました。けだるい身体が、少し前の時間を思い出させる。 「起きたの?」   僕を背中から抱きかかえていたミサキの声が耳元をくすぐった。 「うん。もう一回寝るよ……少し目が覚めただけだから」 「トモキ?」 「なに?」 「なんか話してよ」   僕はミサキの顔を見るために身体を反転させた。またそんなことを言うの?  そこにあった黒い瞳はほほ笑んでいた。あんまり優しい笑顔だったから、僕はミサキといて初めて心に触れたような気がする。 「何を聞きたいの?」 「なんで今の仕事を選んだの?」   ミサキは右腕で首を支え、僕を見降ろしている。左腕は肩から腕を優しく撫で上げる。 僕の官能を引き出すだけのミサキしか知らなかったから、少しくすぐったくて照れ臭かった。でも不思議と心は穏やかだ。たぶん僕を見るミサキの瞳から見える温かさだろう。守られているような気がするから自然に素直になってしまう。 「お礼が嬉しかったからかな」 「お礼?」 「僕の母は働いていた。家に落ち着くのは嫌な人だったんだ。でも共働きをするには協力者がいる。それが僕だった。 僕はね4歳の頃、はじめてお米を研いで炊いたんだよ」  ミサキはびっくりしたように僕を見る。話をすると色々な顔がみられるんだね。それも悪くない。 「幼稚園から帰ってきたら『ごはんの炊き方』って置手紙があってね。 母の隣で台所にいるのが好きだったから、何度も見たことがあった。だからメモのとおりにご飯を炊いてみた。本を読むのが好きだったからひらがなは読めたんだ。イラスト入りの置手紙を何度もみながら頑張った。 帰ってきた母が炊飯器をあけてご飯が炊けているのを見たとき、「ともき、ありがとう」って言ったんだ。 親にほめられることはあっても、お礼を言われることって少ないじゃない?ものすごく嬉しかった。やってよかったって思えた」  ミサキの指が頬に触れる。僕の熱を引き出す仕草とは違った。指先からミサキの心が流れてくる。 「自分でもびっくりするけれど、7歳の頃にはフライをしていたんだよ。母の『置手紙』はどんどんレベルアップしていったから。自分の好きなハンバーグやカレーはその頃には作れるようになっていたし。10歳の頃には母が当直のある仕事についたから、その時は僕が夕食をつくった」 「すごいね、なんだか」  褒められたのかな、少しくすぐったい。 「だから、おいしい物を作って「ありがとう」って言ってもらえるのが嬉しいんだ。僕はありがとうって言われるのが一番うれしい」  ミサキが僕を優しく抱きしめる。 「もう少し寝よう」  僕はミサキの胸に耳を押しつけて心臓の音を聞く。とても穏やかに繰り返される音を聞いていたら眠りがやってきた。ミサキに抱きしめられる温かさの中で、まどろむ。   僕達は出会ってから初めて抱き合ったまま眠った。

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