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第7話
翌日僕は早めに店にでて店内を整えた。アユちゃんのタイムカードを見たら、やっぱりいつもより1時間も帰る時間が遅い。
僕はコーヒーを落として念入りに掃除をして重さんを待つ。
「おはよ~」
「おはようございます。昨日はすいませんでした」
コーヒーマグを渡しながら重さんに謝った。
「いや、智が悪いわけじゃないしな。久に借りだな、まったくえらい目にあったよ。それはいいけど、お前なにかやらかしたのか?久が珍しく深刻そうな顔して連れて行ったけど」
重さんに説明することができなかった。僕は加瀬さんとそういう関係ですって?必要だと思うならマスターが重さんに言うだろう。
「ちょっとマスターを心配させちゃっただけです」
「そうか」
重さんはそれしか言わなかった。
「それはそうと、夏むけになんかさっぱりとしたものがないかな」
話は終わりとばかりに、全然違う話をはじめてくれた。ありがとう重さん。
「さっぱりとしたもの、ですか?」
「野菜がメインで、原価も安く。でもちょいと気がきいた、みたいな」
「重さんの料理は気がきいてますよ、どれも」
「当たり前だ、俺を誰だと思っている?」
こういう時の重さんは文句なく格好いい。自分を持っている人の自己主張は魅力的だ。僕は少し考えた。自分だったら何を食べたいだろう、さっぱりとした夏野菜。
「焼きナスはどうでしょうか」
「焼きナス?おかかたっぷりで醤油をガーっとかけて?生姜も?」
「少し時間をください」
焼き網を焼きながら、なすに切り目をいれる。首のまわりを一回り。縦に6本くらい。強火で一気に焼き上げ皮をむく。
なすを生ハムで巻いてから、きざんだトマト、バルサミコとオリーブオイルをかけて、最後に岩塩と黒コショウをふった。
「こんなのはどうですか?」
「お、どれどれ」
一口で食べ、真剣に味を確かめている。こういうときの重さんはプロだと実感する。味を観察しているときは真剣だ。
「うまい」
僕はうれしくなって顔が輝くのが自分でもわかった。「ありがとう」が嬉しいってミサキにいったけど、重さんが相手なら「うまいの」ほうが何倍もいい。
「なすは冷えていたほうがおいしいと思います。ただ、なすから水気がけっこうでるので、それをどうしたものかと」
「焼いた後、冷やしている間に水気はおちる。淡白な味のなすだからバルサミコでドレッシングをつくるより、直接かかっているこのほうがいいだろうな。醤油味が少しあってもいい」
「盛り付けは青物がほしいけど、ハーブの香りはいらないような気もして」
重さんと皿を睨めっこしながらアイディアを出し合っていたらマスターがやってきた。
「うーっす。お前ら随分楽しそうだな」
マスターはむくんだ顔をしてのっそり近づいてきた。
「久!昨日はひどいめに……お前、また随分男前な顔になってるじゃないか?」
重さんが大笑いしてマスターの頭をたたく。
「やめろ!頭も痛いんだよ!」
「マスター昨日はごちそうさまでした」
「智、おはよ。随分さわやかだな。年の違いは肝臓の違いか?まったく」
「あれから飲んだんですか?」
「仁に説教されながらな。金を払わされて、説教されて。あげく二日酔いだし最悪だ」
「久、仁のとこにいったのか?」
「うん」
そこで二人の会話が止まった。重さんは何か思うことがあるんだろう。僕は何も言わず、焼きナスを片づけはじめた。
「それメニューにするから、アイディアありがとな」
重さんの言葉が心に沁みる。僕の日常はここにある。ミサキがいなくなっても僕には生きていく場所がある。その確信は安堵と深い寂しさを気付かせる。
ミサキは僕の生活にいない。ミサキの「加瀬」の生活にも僕はいない。僕達は互いに存在しなくなる。
もうすぐ……。
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