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第10話

 ミサキの家に戻ってから、僕達は何もせずにいた。ミサキは床にすわり、僕はソファに寝そべっている。 「僕は金曜日に帰ることになった。少しだけ早まった」 「そう‥‥‥もうすぐだね」   不思議なくらい無感覚だ。何も感じない。悲しい、寂しい、割り切れない。そんな感情が渦泣くはずなのに今の僕は空っぽだった。一人になるという答えが見つかったから? 「おなかすいたね」  部屋の壁かけ時計は15:00過ぎを指し示していた。僕も朝から何も食べていない。 「どこかに行くにも中途半端な時間だね。何かつくろっか?」 「ほんとに?」  ミサキが僕の腕にふれる。この体温がもうすぐなくなるなんて信じられない。 「ここのキッチンは狭いし、コンロが一口しかないから。パスタでいい?」 「トモキが作ってくれるなら何でもいい」  僕は立ち上がって一人で買い物にでかけた。ミサキに作るのは最初で最後だろう。手の込んだものも作れるけれど、それは嫌だった。シンプルなものでいい。  僕は食材と沢山のアルコールを買って戻った。 「ミサキ、二日酔い?」 「いや、そんなことない。でも少し眠たいかな。朝倉がなかなか帰してくれなくて」 「マスターはこの間、仁さんに帰してもらえなかったから、その仕返しだかもね」 「朝倉はトモキが大事なんだよ。傷つけるなって言われた。でも、もう沢山傷つけてしまった」 「うん……お互いにね」   僕はワインを開けてミサキに渡す。ワイングラスなんてないから、分厚い安物のグラス。床に座ってグラスを舐めるミサキは 途方にくれた子供のようだ。僕はたまらずミサキを抱きしめた。 「どうしたの?」  僕はミサキの匂いを吸い込み、腕の中の温かさに涙がでそうになる。 「ミサキ、今日はたぶん僕らの最後の食事だよ。いままでも食事はほとんど一緒にしてないけどね」  ミサキは僕の背中を優しく撫でさする。 「今日は僕、普通ができると思うんだ」  ミサキは少し身体を離して僕を見る。優しくほほ笑んだあと、いきなり僕の鼻の頭をペロっと舐めた。僕はびっくりして固まる。ミサキはいたずらっ子のような目をして言った。 「おなかがすきすぎで、お腹と背中がくっつきそうだよ」  僕はきっと泣き笑いみたいな顔をしていたと思う。普通のミサキがあまりに愛おしくて暖かい気持ちとどうじに寂しくなったから。たぶんもうこの表情を僕が見ることはないだろう。  一口しかないコンロだから、スープスパゲティーを作った。トマトベースにツナを入れたからメニューにするならトンノロッソのスープスパゲティー」かな。  レンジで鶏胸肉とブロッコリーに熱をいれて、オリーブオイルと塩コショウ、にんにく、オレガノで味を調える。  お腹と背中がくっつきそうだなんて。僕は口が緩んだしまりのない顔で料理をしていた。もし隣に重さんがいたら呆れて、そのあと怒り出したはずだ。  最初で最後の僕の料理はいたって簡単な二品。ミサキは満足そうに口に運びワインを飲む。僕はそれを見て心が満たされた。照れくさくて、ワインをたくさん飲んでしまった。 「これはお店のメニューにあるの?」 「いや、ないよ。あんまり簡単すぎるしね。でもツマミにもなるし、お腹にもたまるし便利だね。正直にいうと買い物にいって思いついたんだ」 「僕はこんな料理ができないから、びっくりだよ。簡単だろうがなんだろうが、おいしいんだからすごい」 「もうお腹と背中はくっついていない?」  ミサキはニヤリと笑う。その笑みは初めて見るミサキの顔で、僕は気にいった。やっぱり大人なんだ、この人は。 「トモキ……おいで」  僕は素直にミサキの腕の中に収まる。 「お腹がいっぱいになったら眠たくなった」 「もう寝るの?」 「言っただろ、寝不足なんだよ、僕は」  僕達は手をとりあってベッドに行く。互いに服を脱いで裸になるとベッドにもぐりこんだ。まだ明るい時間に抱き合って眠る。目が覚めたら、今度は熱い時間がやってくるだろう。  ミサキの温もりに安心した僕は、静かに眠りにおちていった。  穏やかな時間――僕たちの最初で最後の「普通」の時間。

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