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第12話
「もしかしたらこないのかな……そんな風に思い始めていた」
いつものように床に座っているミサキが僕を見上げて言った。床には今までなかったものがある。 リモワのスーツケース。シルバーに光るアルミが僕を打ちのめした。
「荷造りは終わったの?」
僕はどうでもいいことを聞いてしまう。
「主だったものは送ったんだ。仕事のものと身の回りのものが少しだけだよ」
「そう」
僕はどうしていいかわからなかった。
「何時の飛行機?」
「午後の便」
聞いたところで空港にいけるはずもない。ミサキも時刻をはっきり言わない。僕達は別れを前にして最後の夜だというのに途方に暮れていた。
ミサキは立ち上がると僕を強く抱きしめた。
「忙しかったの?」
本当に僕がこないかと思った?仕事から戻ってずっと何してたの?僕がこないことを想像して何を考えていたの?
僕は聞けなかった。その答えを聞いたら、ミサキを帰したくなってしまう。そう、僕はミサキを帰したくない。我慢できず僕はミサキにしがみついた。
「早くあがれるといいと思ったんだけど、驚くほど忙しかった。おまけに常連さんが長居した。タクシーできたけど、こんな時間に……」
「来てくれて、よかった。トモキがこなかったら僕はあのままずっと床に座っていたかね」
僕の答えの一部があるミサキの言葉。どうしようもなくなって、とうとう我慢していた涙が零れた。零れてしまったらとめどもなく流れ出る。
シャツの肩口がどんどん濡れていく。徐々に沁みていく涙は、僕の心であればいいのに。ミサキに沁みこめばいいのに、そうしたら……もしかしたら……
でも違う。沁みているのはミサキにではなく、ただのシャツだ。洗ってしまえば僕の涙は消えてしまう。結局僕達の間には越えられないものが横たわっていた。泣いたところで何も変わらない。なら笑っているほうがマシじゃないか?僕は少し落ち着きを取り戻した。
「ミサキ、ごめん。あんまり忙しくて疲れていたから、ミサキを見て安心したんだ」
僕の本心でも何でもない言い訳をミサキは黙って聞いている。
「一緒にお風呂にはいろう」
そうだね、僕達に言葉はいらない。ミサキが浴室に行ったから、僕は服を脱ぎだした。バスタブに湯を溜める準備を終え戻ってきたミサキは僕を見て少し目を細める。
「トモキは最初からそうやって僕を驚かせたね」
ミサキが僕に優しく口づける。僕はキスを返そうとしたのに唇は離れていった。
「なんで?」
吐息まじりの僕の声はすでに甘い。
「一緒にお風呂にはいりたかったんだ、ずっと」
僕はミサキの中心を撫で上げた。熱く硬いことに満足してそのまま浴室に向かう。
最後まで身体で僕達は語り合うだろう。そのほうがいい。そうだよね、ミサキ。
暗闇の中、いったいどれくらいキスをしているのだろう。僕の口なのか、絡めあっている舌がどっちのものなのかわからなくなるほどの執拗な長いキス。こぼれた唾液があごに伝う。
ミサキが僕の首筋に舌を這わせ始めて、ようやく唇が離れた。
「痕はつけないで」
一瞬戸惑ったように唇が止まったけれど、また滑りだす。いつもと違って、刻みつけるような動きに、僕はいらだち始めた。
僕達のSEXはこんなんじゃないよね。安堵や優しさはいらないよ。僕達は殺し合って死ぬような、そんなSEXをするべきだ。今夜は絶対に。
僕は突然身を起して身体を反転させて。ミサキを咥える。
「と、ともき?」
僕は口を離してミサキの肩を抑え込みながら言う。
「僕は優しさより欲しいものがある。ミサキ、あなたが欲しいんだよ。会ったその日に僕にくれたようなミサキが欲しい。優しいミサキは加瀬っぽくて嫌だ」
ミサキの顔が一瞬歪んだあと、妖艶に頬笑みだした。そう、そうだよミサキ、僕はそれが欲しい。
その後僕達はどれくらい互いを味わい続けただろう?
舌を腕を、足を絡め合う。互いを握りこんで扱きあい、胸の尖りを舐めあげる。舌先と喉で互いの味を確かめ、熱さに身震いする。打ち込まれた楔の熱さに狂喜し、迎いいれる襞の蠢きに背筋をそらす。
互いに動き、揺れる、その律動は思考と理性を奪い、単純な生き物に変えていった。互いに自分を与え、相手を貰う。
このやりとりは命のやりとりだ。
高い頂上のさらに上を二人で超えて僕達は一つになった。
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