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第13話

 泥のように寝ていた僕は、携帯の電子音で目が覚めた。 寝る前も金曜日で、目が覚めた朝も、まだ金曜日。なんだか不思議だ。  隣のミサキは眠っている。その頬に手を伸ばそうと思ったけれどやめた。僕は少しまえ、ミサキを貰ったから。  ベッドを抜け出し、シャワーを浴びる。服を着てリビングに戻ると、ミサキが床に座っていた、裸で。 「おはよう、ミサキ、どうしたの?」 「なんだか身体がだるいね」 「僕は身体中が痛いよ」  服を着た僕は、そんな風に見えない?裸のあなたは本当にだるそうだ。 「ちゃんと働ける?」 「大丈夫、僕は着替えをして朝の準備をしたら「Satie」の人気スタッフに変身するんだ。身体が痛い智希はその間黙っていてくれる」  僕は頬笑みを浮かべてミサキに向かっている。ミサキが僕の命を強くしてくれたからだね。 「僕のミサキは今日を最後に、また心の奥にひっこむ」  そうだね、あなたは加瀬稜に戻るんだ。僕の知らない男に。  僕は昨日泣いたから、もういい。最後くらい笑っていたい。ミサキの記憶の中にある僕は笑顔であなたを見つめる20歳の男であってほしい。  裸で無防備なミサキの前で、服を着ている僕は少し気持ちに余裕がうまれているのかもしれない。わざと裸でいてくれているの?ミサキ。だとしたら、あなたは本当に素敵な人だね。そんなことを考えている僕は幸せだった。きっと幸せそうな顔をしていたのだろう。ミサキの目が優しくなったから。 「トモキ、お願いがひとつあるんだ」 「なに?」 「ミサキっていう男のことを忘れないでくれる?唯一ミサキに命をくれたのがトモキだから」  忘れるはずがない、忘れられるなら教えてほしい。 「忘れる方法があるのなら教えてほしいくらいだ。でもそれを知ったところで僕は試さないよ。あなたは知らなかったことを沢山くれた。約束する、忘れない。 ミサキ……絶対に忘れないよ」 「トモキ……ありがとう。」  『ありがとう』 僕の一番欲しい言葉、僕の一番好きな言葉。  『わすれない』ミサキが存在した証。  僕らは別れを前にして、初めてお互いに言葉を交わした。二人にとってそれは「愛している」と同じ言葉だった。  僕の目から涙が一滴零れ落ちるミサキの目からも滴が落ちる。  そして僕達はほほ笑んだ。思い出した時相手を後悔させないように。互いに浮かべた頬笑みは柔らかくほころび、それと同時に僕達の時間が終わった。

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