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第5話 リロン

「ジロウ!ライスコロッケみたいなの作って!あの女の子たちのところだから、小さめで人数分にして!それと、パスタね、パスタは昨日俺が食べたやつ、あれにして!その他のオーダーはここに置いておく!飲み物は俺がやるから」 店の中でジロウとの会話は英語だ。別に悪口とか、汚い言葉を使うわけではないが、お客様に極力わからない方がいいかと思い、リロンが勝手に英語を使い喋っているので、ジロウもつられて英語を喋る。 多分、英語がわかるお客様は二人の会話を聞いて笑っていると思う。バイトのくせにリロンが偉そうだからだ。 オープン前にジロウに簡単に教えてもらったことがある。飲み物の作り方、オーダーの取り方、メニューの見かたなどである。 リロンは観察力があり、人の気持ちを先回りして確認する力がある。力というか、ご婦人と契約し鍛えられた結果、備わったものといったところだ。 なので、記憶力は人一倍ある。一度聞いたことは間違えない。だが、バイトや仕事の経験はなく、一般的なことは何もしたことがない。 それに、今日はジロウとリロンの二人で店を回すことになると言われると、さすがにそれはちょっと難しい。自信がないと、ジロウに不安を伝える。 「だろうな…まあ、俺がサポートするから。リロンは料理を運んでくれればいいよ。重いものも持ったことがないだろうから、その辺は俺がやるからさ。軽い皿を運んでくれればいいし。お客様からのオーダーも出来れば取って欲しいけど…今日、無理矢理お願いしちゃったからさ。出来ればでいいよ。無理言ってごめんな」 と、ジロウは開店前に言っていた。 それなのに… 「お待たせしました!ビール2つとハイボール?ってやつ。それと、グラスワインの赤と白。OK?人数分あります?」 リロンはテーブルに飲み物を運び、笑顔でお客様と会話をしながら渡していく。 後ろから「すいませーん」とオーダーしたい客の声が聞こえる。声のトーンを聞くだけでリロンにはオーダーなのか、別のことなのか瞬時に判断が出来る。 「お待たせしました。オーダーですね?」 男性と若い女性のグループだった。 「ガッツリ食べたい感じ…だけど、女性は何がいいのかな…」と、メニューを見ている男性が呟いている。 その男性のニュアンスから、今日の飲み会を失敗させたくない気持ちがありありと伝わってきた。この辺の人の気持ちもリロンには、瞬時に伝わってくることだ。 「OK!任せてもらえる?女性ウケも良くて、ガッツリ食べれる物も入れて持ってくるよ。予算は?どれくらい?」 と、小声でリロンが男性に話しかけた。 「予算は…これ。じゃあ、お願い!」 と、男性に任されたので、ウインクをして急いで厨房に向かう。 「ジロウ!予算は1人これくらい。で、ガッツリと女性ウケするやつ作って。人数は4人ね!あーっ、女性ウケは冷蔵庫から出して俺が盛り付けして出す。ジロウはガッツリの何か作って!ビーフのタリアータとか。後は、何かのフリット!飲み物は俺が持って行くから」 「ひぃぃぃ…めっちゃ忙しい。どうなってんだよ今日は。お前のオーダーどうなってんの?お客さんが決めてんの?それともお前が決めてんの?」 厨房はジロウひとりなので、めちゃくちゃ忙しいのはわかっている。だから、事前に作られている前菜類は、冷蔵庫からリロンが出して皿に盛り付けし、お客様に出していた。ご婦人の家で、料理の盛り付けは鍛えられたので、得意なことである。 「いいから、ジロウは手を動かして!」 「Yesssss!」 ジロウが笑いながら答えていた。その日はその後もお客様のオーダーがひっきりなしに続き、落ち着いたのは日が変わる時間だった。 お客様が帰った店内で、リロンとジロウはグッタリとしていた。 「いつもの倍は動いた…気がする」 「生まれて初めてウエイターやった…」 何か食べようと、ジロウが作ってくれているので、リロンもキッチンに入りジロウのためにビールをついで渡してあげた。 数時間前に初めて見て触ったビールサーバーも、もう既に慣れていた。 二人は無言でビールグラスをカチンと合わせて乾杯した。冷たいビールが美味しい。 「お前さ…いっぺんに何杯のドリンクを持っていった?」 「えーっと…5杯?かなぁ…」 「重いもの持てるじゃん!運ぶのは軽い皿でいいよぉなんて何で言ったんだよ!」 「そんなの…ジロウさんが勝手に言ったんじゃん。お姉さんたちの家では重いものとか運んでたんだから、あれくらい大丈夫だよ」 「じゃあさ!じゃあさぁ、オーダーは?盛り付けは?何であんなに何でもかんでも出来んの?ねぇ!なんで!」 「…知らないよ。そんなの、自分でもわかんない。勝手に身体が動いてたんだもん」 二人だけになると日本語に戻る。日本語の方が何となくしっくりとくる。 「お前さ…すげぇな…びっくりした。俺がサポートするからとか、カッコつけて言っちゃって恥ずかしいだろ!」 「だから…もう、わかんないよ。それに観察力なんだってば…」 自分でも驚いている。初めてやってみたがウエイターの仕事は非常に楽しかった。身体が勝手に動いた。 予算は?と聞いて、これくらいと言われると、覚えたメニューから計算して提供する料理を組み立てる行為は楽しかった。 ジロウが今日はリゾットを作ってくれた。リゾットはリロンの大好物だ。やっぱりジロウの作るものはいい匂いがする。 それに、ジロウと感覚が似ている気がしていた。カウンターに二人で腰掛けて食べ始める。 「リロン、正式にバイトとして雇いたい。 この店はあと2か月で閉めるんだ。だから、その間だけになっちゃうけど働いて欲しい」 「ええっ?ここって閉店しちゃうの?」 「うん、そう。次に貸す人とは、もう契約してるって言うし」 一日ウエイターをしたが、結構多くのお客様が来店していたように思う。店は賑わっているのに、何故閉めるんだろうという考えているとその気持ちが顔に出ていたのか、リゾットを食べてる途中のジロウは、チラッとリロンを見て続けて言った。 「この店の持ち主が決めたんだよ。俺はさ、雇われシェフだから。閉店するって言われたら従うだけ。この店の上は俺のものだよ?俺の家なんだけど、この店だけは別の人のものなんだ」 リゾットを美味しそうに食べるジロウが、一気にそこまで話をしてくれた。 「...ふーん」 「それより...バイト代を計算しよう。今まで毎月いくらもらってた?そんなに払えないけどさ」 「毎月はもらわない。お姉さんたちとは、毎月のお金は発生しないから。契約終了の時にちょっと振り込まれるくらいだし…」 「お前は神か!」 「でもさ、ジロウさん。俺には出来ないよ、ウエイター。今日はよかったかもしれないけど、初めてのことでわかんないこといっぱいだったじゃん。何?アレ?ピコンってなるやつ。ビビったんだけど」 お会計と言われるとビビっていた。お金を受け取ってお釣りを渡すのだと思っていたが、今は電子マネーとかいうものをみんなが使っているようで、スマホやクレジットカードを四角い機械にかざしていた。 ピコン!とか、キュイーン!とか、機械から音がしてお金が支払われていた。お客様の支払いはジロウに任せて、その横でリロンは固まってそれを見ていた。 「あっ、アレ?アレだろ?今はみんな電子マネーで支払いするからなあ。慣れれば楽だぞ?ちょっとやってみるか…教えてやるよ、スマホ貸してみ?」 リゾットを食べながら、ふんふんとジロウから電子マネーの使い方を聞く。 なるほど、使ってみると簡単な操作なので出来そうな気がする。 「よし、わかった?じゃあこれで不安はない?バイトの契約してもいい?」 「2か月だけ…で、いい?」 「そう、2か月だけだ。住むのは上でいいだろ?好きに使っていいぞ。俺と一緒だけど。飯は毎回作ってやるよ」 「…うん、まぁ、いいよ。ジロウさんのご飯は美味しいし」 「よっしゃ!OK決まりだな。よろしくな、リロン」 2か月間だけ、ラテンな男と期限付きの共同生活をすることになった。

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