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第6話 リロン
ランチは2種類あるという。
前菜は共通だが、メインはパスタかピザのどちらかを選んでもらう。その後は、ドルチェを出してコーヒーか紅茶を聞く。
ふんふんと、ジロウからランチの手順を教えてもらって、頷いて聞いた。
「で、パスタかピザどっちか聞いて、その後はドルチェを出す。食後のコーヒーか紅茶も聞いて出すだけだ。夜より簡単だろ?リロンは器用だから、前菜もドルチェもきっと綺麗に盛り付けるだろう」
前菜、ドルチェは冷蔵庫に入っている。盛り付けは、ジロウとリロンでその時手が空いた者がやろうということになる。
「わかった。大丈夫だと思う…」
「そんで、最後は支払いだ。教えた電子マネーが主流だから、ランチでもやってみるといい。すっごい楽だから、感動するぞ」
ジロウと話をしているうちに、お客様が来店してきた。話は途中になったが、だいたいわかったので、そのまま開店する。
お客様の中にはリロンを見て、新しいアルバイトくん?と、声をかける人もたくさんいた。リピーターが多いのがわかる。
「そうです。よろしくお願いします」と、ニッコリ笑い、オーダーを取っていく。
ランチは夜とは違い、アルコールがほとんど出なく、あっさり食べて帰る人が多いので問題なくやれていた。ジロウもフロアに出てサーブし、リロンのフォローをしてくれている。
今日は土曜日だからランチがある。ウエイターの仕事に慣れてきたのは、昨日と一昨日の忙しい夜があったからかもしれない。
恐る恐る触っていた電子マネーの機械とも仲良くなれて、こちらも問題なくリロンが操作できるようになった。ジロウが「感動するぞ」と言ったのは、簡単に決済完了できるからだ。確かに、感動する程簡単だ。
ひと段落した時に男性二人の来店があった。見てすぐに『できてるな』とわかるほどの二人である。
男とか女とか、今は関係なくカップルが誕生する時代だ。リロンの知り合いにも同性同士のカップルは多くいる。だから特別珍しいものではない。それに、この二人は見つめ合って、笑い合って、仲が良さそうで微笑ましく感じる、恋人同士だ。
「いらっしゃいませ。こちらにどうぞ」
リロンは二人を、厨房から一番離れた場所、隣の席には誰もいない場所に通した。二人のうち小柄な方の男性が少し緊張しているように見えたから、店の中では落ち着ける席に通した。
「玖月 はどっちがいい?俺はね、うーん、どうしよっかな」
「僕はパスタにしようかな」
玖月 と呼ばれた緊張してるであろう男性は、パスタと即答し選んだ。もうひとりの方は悩んで結局ピザにしていた。
二人で来店する場合、ピザとパスタの両方を頼んで、シェアするのが多いとジロウは言っていた。だけど、この二人はシェアしないんだろうなと思いながらも、リロンは一応聞いてみる。
「パスタとピザはシェアしますか?」
「あっ…あー、だ、大丈夫です。シェアはしないです」
玖月と呼ばれていた小柄な男性が笑顔で答えてくれた。やっぱりなとリロンは思ったので「かしこまりました」と言い、ニッコリ笑い厨房に向かう。
「ジロウ!プラスチックのカトラリーある?」
「はあ?プラスチック?あ…子供用のやつは?あるだろ?そこに」
子供用だけどしっかりしているプラスチックのフォークとナイフ、スプーンのセットが見つかった。
多分、あの緊張具合はそうだとリロンは察した。あの人は潔癖症だと思う。
『できてる』であろう男性二人のところにピザとパスタを運ぶ。パスタを頼んだ小柄な男性の横にかがみ込み「よろしければこちらをお使いになりますか?」と、男性にだけ聞こえるような小さな声で言い、パリッとしたビニールで梱包されている、使い捨てのプラスチックカトラリーを差し出した。
小柄な男性は目を見開き「ありがとうございます!」と明るい声をあげ、プラスチックのカトラリーを受け取ってくれた。
潔癖症の人は、外食で店のカトラリーを使うのは不安があるようなのはわかる。そんな気配を察知したリロンが、使い捨てのプラスチックカトラリーを彼に渡したのは、正解だったようだ。
それに、潔癖症の人にピザはハードルが高い。人の手で、捏ねて包んで広げてというピザ生地が出来上がる工程を想像すると、それを口にするのは、なかなか難しそうである。だから、パスタを注文したんだし、シェアをしてピザを食べるのことも出来ないんだなと、リロンにはわかっていた。
店には入ってみたい。だけど、外食で食べられるものは限られている。それに、外食で使うフォークやナイフも信用できない。だけど、みんなと同じように食べてみたいと、繰り返し考えているはずだ。
そんな人が抱える不安から少しでも解消されるようにしてあげたいと、リロンは無意識に行動していた。
帰り際、カトラリーを渡した小柄な男性にリロンはお礼を言われた。頬を紅潮させ「美味しかったです!本当にありがとうございました」と彼は言っていた。
一緒に来ていた背の高い方の男性からも大きな声で何度も「ありがとう」と言われ、更には握手を求められ、手を差し出したら力強く握られブンブンと、ふられた。まだ他にもお客様がいたから少し恥ずかしかった。
後ろでジロウが見ている気配を感じる。また後で聞かれるだろうなと思っていたら、まんまとランチ終了と同時に聞かれた。
「な、な、リロン!さっきのアレ何?何でプラスチックのカトラリー渡したんだよ。欲しいって言われた?だけどなぁ、お礼言われてたよな、ありがとう!って。すげぇ何度も言ってたじゃん、岸谷 さんが」
「えっ?ジロウさん知り合いなの?」
「ああ、うーん、知り合いっていうか、挨拶するくらい?岸谷 さんっていってこの辺に住んでる人なんだけど、大きな会社の社長さんでさ、それで顔見知りって感じ…じゃなくて!なんで、プラスチック!」
「ああ…うーん、確信はないんだけど、多分あの人ちょっと潔癖症かも。手を押さえてたし緊張してた。声のトーンもそうだったし、選んだのはパスタだから。あんなに仲良くて、恋人同士なのにシェアもしないって言ってたからさぁ。ちょっと気になってプラスチック渡したら、そうだったみたい。でも外食出来るんだから、そんなに重症じゃないんじゃない?ちょっと心配かなぁくらいだよ、外食が。あっ、ジロウさん、知り合いでもそんなこと言わないでよ?確信はないんだし」
「す、すっげぇ…は?恋人?えっ?あの人恋人なの?はああ?!」
「うるさい…それも知らないの?もう、ジロウさんそれも言わないでよ」
ジロウから質問が相次いでいる。この後、ちょっと休憩したらまた昨日のような夜が来るだろうから、ちょっと休ませてよと突っぱねた。
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