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第7話 リロン

火曜と水曜はバーシャミの定休日だった。 木曜日と金曜日は夜だけ営業し、土曜日はランチと夜の営業。日曜日はランチだけ、で、月曜日はまた夜だけ営業となる。 なんだかややこしい。 ジロウの店は駅から近いが、この辺は住宅街なので週末の夜と土日のランチが忙しい。そんな忙しい曜日も覚えてきて、気がついたら数週間経っていた。本当にあっという間だ。 ウエイターの仕事もジロウとの生活も、だいぶ慣れてきていると感じる。 2階、3階の住居はジロウの家だという。ひとり暮らしのようだが、ベッドルームもバスルームも全てが大きい。 店が終わるとジロウと二人で飲みながら遅い夜ご飯を店で食べる。 その後3階まで上がり、バスルームに直行する。二人共少し飲んでるから、ぎゃあぎゃあと、毎日結構な騒ぎっぷりでバスルームに行く。 シャワーは交代で浴びるが、広いバスルームには、いつも二人同時に入る。 そういえば二人は戸惑いもせず真っ裸になり、どっちが先に入るかで必ずふざけ合いながら揉めていると、改めて気づく。 バスルームで話をしながら交互にシャワーを浴びる。 ペラペラとお喋りをし続ける時もあれば、フンフンと鼻歌をお互いに歌いながら入る時もある。 寝る時は同じベッドに倒れ込むように入り、朝までぐっすりと寝ている。 ジロウのベッドはキングサイズ。二人でベッドにダイブしてもビクともしない。そのベッドでリロンは、途中目を覚ますこともなく朝まで眠る。 そんな健康的で、新しく楽しい日々を送っていた。 「…ちょっと。うざいって!」 朝起きるとジロウが絡まっている。寝る時のスタイルが同じ二人は、Tシャツにボクサーパンツ。 広いベッドなので寝る時は離れているが、朝起きると必ずジロウがリロンに絡まり、 ジロウの足がリロンの足に乗っかっている。 その足の重みで起きるから、毎朝、リロンはジロウを蹴っ飛ばしていた。 「い…ってぇな。お前が絡まってくるんだろ?夜中になると、くっついてくるから、 ぎゅーって向こうに引き離しても、最後はこうやって絡んでくるんだよ。いつもお前から寄ってくるんだって」 「えーっ、そんなこと今までなかったよ?ジロウさんがくっついてくるんだって」 「お姉さんに抱っこしてもらって寝てたんじゃねぇの?きっとこんな感じなんだろ」 ジロウは大きく欠伸をしながら伸びをしている。つられてリロンも欠伸が出たので 同じく伸びをしてみた。 「お姉さんとは同じベッドで寝るけど、身体が痛くなるから、腕枕とか、抱きしめたりとかしないでって言われてた」 「そりゃ確かに!わかる!」とジロウは大声で笑っているから、つられてリロンも笑う。朝から元気である。 昨日は月曜日だったから、夜の営業だけだった。 「昨日は忙しかったよね」 月曜日なのに多くのお客様が来店していた。リロンがジロウに話しかけながら、二人で3階に上がって行く。 今日は火曜日で定休日。 店が定休日の朝は、ちょっとゆったりとしたバスタイムが二人の恒例になりつつある。 バスタブに湯を張る。 広いバスタブなので二人で入ってもぶつからない。湯に入れるとシュワーっとなるバスボムが好きだとリロンが言ったら、翌日にはたくさんのバスボムをジロウが抱えて帰ってきた。それ以来、恒例のバスタイムではバスボムをひとつ選んでポンと湯に入れている。 そこでも二人でお喋りしたり、歌を歌ったり好き勝手に過ごしその後、パウダールームで髪を乾かしながら、ウダウダとまた話をすることになるだろう。 ついでに、洗濯もしなくっちゃとリロンは頭の隅で考えていた。 「お前の無茶振りなオーダーのおかげで、最近はお客さんも増えてきたからな」 「何?その無茶振りって…」 「いや、慣れたよ?俺は慣れてきた。だけど、最初は驚いた…『ジロウ!肉料理作って!ソースの味がしっかり濃いやつ、人数分ね!とか、ジロウ!トマトのパスタね、赤に拘って!だけどさっぱりしてるものにして!』とか…どんなオーダーだよ、だけど…あれで作れる俺って、えらい!」 『ジロウ!』のくだりは英語でリロンの真似をしている。英語だと、ジロウさんではなく、ジロウとリロンは呼んでいる。それを真似され、リロンは苦笑いをしていた。 エルメスのシャンプーの匂いがしている。ジロウの匂いだ。 こんな風に過ごす広々としたバスルームはすぐにリロンのお気に入りになった。 バスルームで話が出来るって、すごく開放的で気持ちがいい。休みの日は、バスタブの中でシャンプーをするのも好きだ。 エルメスの匂いと一緒にジロウが喋っているのを聞く。 「慣れたって…わかんないんだもん」 リロンがジロウの言葉に答えた。 ジロウが言う『慣れた』とは、リロンのオーダーの取り方であった。 最近はリロンに『何か見繕って!オススメの料理を出して!』というお客様が増えていた。 ウエイターという仕事をやったことがないリロンは、手順とかルールなどわからない。 オススメの料理というオーダーに対応するためには、今まで色々なご婦人と契約してきた時に教えてもらった教養やマナー、 それと今まで培った観察力を使ってみている。 お客様の発した言葉以外から情報を集める。例えば話すイントネーションや言い方。それと目線や態度と、姿勢。 それらを組み合わせて、きっとお客様が食べたいであろう料理のニュアンスをジロウに伝え、オーダーとして通している。 そのリロンの言葉を受け止めたジロウが作った料理を運ぶと、お客様は驚き、喜んでくれていた。 特別何かをしているわけではない。 いつも観察していることを、先回りしてやっているだけだが、気持ちまで理解をしてくれると言われたこともあった。 この人は、今楽しい、緊張してる、寂しいなど、感情や気持ちが言葉以外で溢れてくるのをリロンは感じ取る。それをジロウの料理で表現していると、いったところなんだろうなと思っている。 「だからさぁ…お前が言ってたことを理解したんだよ。ペラペラ喋るのだけがお客さんとのコミュニケーションじゃないって。 何となく察するのも大切なのかもなってな。お前のオーダーの取り方、俺は好きだ。その期待に応えて料理を作るのも楽しい。それに売り上げは倍に伸びてるし? 来店客も多くなった。言うことなしだな。お客さんはそれでいいと思う。ホスピタリティだろ?痒い所に手が届くみたいで、きっと嬉しいし楽しいよ」 シャンプーを終えたジロウは、髭を剃りながら話を続けていた。 「だけど、もうすぐお店は閉店しちゃうんでしょ?」 「ああ、そう!そうだったな」 あははっとジロウが笑う。バスルームなので声が反響して響いている。 「ジロウさん?なんでさ、閉店するの?こんなに流行ってるのに。毎日、お客様たくさん来てくれるじゃん」 「うーん。なんで?なんでかなぁ…ここを閉めるって約束したから?」 「このお店やめてどうするの?その後、ジロウさんはどうするの?」 「それがさ、何も決めてないんだよなぁ。俺も、お前みたいにお姉さんに養ってもらおうかな。何でもするよ?料理も作れるしさ。いけると思うんだよなぁ…」 「うわぁ、同業者か。でもジロウさんはあっち系じゃないとウケないよ。俺と同じ方は出来ないと思う」 「あっち系ってなんだよ」 「セックスするほう」 「マジか!そりゃ得意だぜ。じゃあ、俺もやろうかな。誰か雇ってくれないかな」 冗談ばっかり言ってるので本気にはしていないが、ジロウはあっちをやれば人気になるとリロンは思っている。 だって、今みたいに髭を剃ってさっぱりしたジロウを見ると、イケメン度が上がってるなと思うからだ。女性たちは、放っておかないだろう。 「今日は、お前何するんだ?」 今度はリロンのシャンプーの番になる。 エルメスのシャンプーは嫌だとジロウに伝えたら、ディオールのソヴァージュが置いてあった。 この辺のシャンプーを選ぶジロウは、やっぱり女ったらし全開だと思う。それでもソヴァージュの香りは好きだ。気分も上がるから後でジロウにお礼を言おうと思う。 「今日はね、お給料が出たからイヤホン買いに行くんだ。ジロウさんは?」 音飛びするイヤホンはもう嫌だ。新しい物を買い替えようと思っている。 「ん?俺?俺は…ちょっと出かけてくる」 「彼女?女の子のところ?そういえば、ジロウさん女の子いないの?全然、出かけないよね。それに、女の気配が全くしないんだけど。彼女じゃなくてもさぁ、セフレとかいないの?」 「セフレか…セフレねぇ…今は、いないな。女もいない。付き合うとかそういうのもない。恋愛とか人と付き合うのは面倒くさいよ。特別な人は見つからないなぁ」 「おじいちゃんになっちゃうぞ!」 うるせぇと、笑いながらその後ジロウは出かけて行った。

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