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第10話 リロン
「ジロウ!外も並んできちゃった。外にテーブル出していい?あっ!あっちの席のオーダーこれね、ここに置いておく、4人だよ!男の子たちだから、ガツンとした前菜を一発目に出して!えーっと、あそこのパスタはトマトソース以外で!女の子のブラウスが白だから、出来ればソースがはねないパスタがいい!パスタはもうちょい後で出して!」
最近は、週末になると店の外で待つ人も出てくるほど繁盛している。なので、天気のいい夜はテーブルを出して、外飲みも出来るようにもしている。リロンは慌てて外で飲めるようにとテーブルの準備を急ぐ。
「ほら、武蔵!頑張れ、頑張れ!ガツンとした前菜出来るか?それに、トマトソース以外のパスタだぞ?白のブラウスにソースがはねないパスタだぞ?」
キッチンで手を動かしながらジロウが武蔵にハッパをかける。しかも、ゲラゲラと笑いながら楽しそうに言っているのが聞こえた。
「ちょーーっと待ってくれ!さっきは、小さめのフリットって言ったよな?それと、ホワイトアスパラを使った軽めのもの?なんだよ!そのオーダーは、料理名は言わないのかよ!」
武蔵はさっきの物腰柔らかな口調から、少し乱暴になるが、いい人には変わりない。それに手を動かしながら必死に料理を作っている姿を見ると、素直だなと思う。
「だから、甘く見るなよって言ったろ?リロンからのオーダーは、頭の中をフル回転させろよ!今まで作った料理を思い出せ。どうだ、楽しいだろ?」
武蔵は純日本人だと思うが、ジロウとリロンにつられてキッチンでは英語を話している。武蔵の英語は聞き取りやすい。
「ジロウ!外のテーブルのお客様に、いい匂いのする肉料理、それと冷めても美味しいもの!お願い!」
リロンがドリンクを作りながらまたオーダーを通す。キッチンではジロウが「ほらな?きた!きた!」と大きな声で笑い、その奥で武蔵が手を動かしながら「んなぁーー!難しい!リロン頼むぜ」と唸っている。
シェフ二人なので今日はいつもより、料理が出来上がるのが早い。今度はリロンのフロア捌きの方が忙しくなってしまった。
今日は前菜の盛り付けを武蔵に任せている。だけど、ドリンクを作るのと、料理を出すのが追いつかなくなってきていた。
「リロン、俺もフロアに出るから。焦らなくていいぞ」
ジロウがリロンの肩に手を置き、耳元で日本語で囁いたから、リロンは動きが一瞬止まってしまった。
「お待たせしました〜」と陽気に料理を運ぶジロウの後ろ姿を見つめてしまった。
日本語で…しかも耳元で囁かれたから、リロンは動揺してしまう。
その動揺している様子をジロウに振り返り見られた。目が合ったリロンにウインクをしてくる。ムカつく男だ。
リロンは気を取り直して、入り口に向かい、入店を待っている常連の女性グループに声をかけた。
そっちがその気なら、こっちも本気を出す。動揺させやがって…と、リロンはよくわからない対抗心をジロウに燃やす。
「こんばんは、お久しぶりですね。今日は4名様ですね?お待たせしました」
ウエイター魂に火がついているリロンは、ニッコリと微笑んで、新しいグループをテーブルに案内する。
「リロン、聞いて!今日はこの子の失恋パーティーなの」
常連の女性グループだ。その中で「はいはい、私ですよ〜」と、失恋したという女の子が手を上げている。
失恋とはいえ、少し吹っ切れているのがリロンは見てわかった。
「えーっ!そうなの?じゃあさ、今まで食べたことないもの食べてみる?失恋から立ち直ってもらいましょう」
「わぁ、そうこなくっちゃ!今日も料理はリロンに任せていい?」
「もちろんです。では、飲み物をうかがいましょう。スッキリしたドリンクにする?ミントのカクテルにしようか?」
失恋したという女性が笑顔で頷き、その他の女の子たちも「私もそれ!」と続けて同じドリンクのオーダーが入った。
まだ席に着いて早々、飲み物も出していないけど、リロンとの会話に女性4人の席は盛り上がり「わぁっ!」と声が上がった。
ジロウがチラッとこっちを見ているのがわかり、視線を感じる。
リロンもジロウの方を向くと、フロアの端と端で目が合った。ジロウは片眉を上げてリロンを見ているが、それに対してリロンはニコリと笑ってからフンッと顔を背けてやった。ムカつく男への仕返しだ。背中でジロウが笑っている視線を感じる。
キッチンに行き、リロンは武蔵にオーダーを通す。
「武蔵!甘くてしょっぱいもの、お願い!4人の女性グループだから人数分に分けて。前菜はこっちで準備するから、武蔵の方は、ちょい重いもので」
「ええーーっ!何だよ、それ…わっかんねぇ…えっと、甘い?しょっぱい?重い?」
武蔵の手が完全に止まり、考え始めている横で、キッチンに戻ったジロウとリロンが声を揃えた。
「コトレッタ!りんご挟んで!チーズも!それがいいと思う」
「コトレッタだよ、武蔵」
リロンとジロウは同時に同じ料理名を言ったので、思わず顔を見合わせ「ワアォ!」と言いハイタッチをして笑い合う。
「…す、すげぇ。二人共、何なの?じゃ、じゃあさ、さっきの白のシャツにソースがはねないパスタは?俺、わかんねぇよ」
と、武蔵が続けて質問をしてきた。
「カチョエペペ。リガトーニで」
今度はジロウだけがそう答えたが、リロンはその答えを聞き「それ!いい!」と絶賛した。リガトーニだったらショートパスタだから啜らないし、ソースもはねないだろう。またリロンはジロウと二人でハイタッチをした。
もうリロンは笑いを堪えられない。無茶振りなオーダーでも、ジロウには伝わっていると感じる。
隣でジロウもドリンクを作りながら爆笑している。
「もーーーう!わかった、作るよ!やってやるからな!見てろよ」
武蔵がキッチンで大声を出していた。その横顔を見ると笑っているのがわかる。
「やっとエンジンかかってきたか」
「武蔵!頑張って!」
ジロウとリロンは出来上がった料理を手にし、踊るようにフロアに戻る。
金曜日の夜は外にテーブルを二つ出すほどの混み具合だった。
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