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第14話 リロン

週末の夜だけ武蔵がキッチンを手伝うようになり少し余裕が出てきたが、それ以外の平日の来客が増え始めていた。土日のランチでも、外で並んで待つ人が出るようになっている。 もっとキッチンや、フロアでサーブする人を増やせば?とリロンはバスルームでジロウに伝えたことがある。だけど、ジロウからの返事は「NO!もうすぐ閉店!」とそればっかりだった。 そんな会話から数日後、武蔵が毎日キッチンに入ることが決まった。 今まで働いていた所を完全に辞めて、住んでいたアパートもサッサと引き払い、ジロウの店近くに引っ越しをしてきていた。なかなかの行動力だ。 店が閉店するとか、期間限定の仕事とかあまり拘らないらしい。楽しく仕事が出来るのであれば問題ないと、ラテン男のようなことを言っていた。頼もしい。 「この辺は高級住宅街だから、賃貸も高いんだよ。だけど、俺はひとりだしぃ?別に家でイチャイチャする相手もいないしぃ? ちょっと狭くても、引っ越しした所で十分楽しく暮らせそうですよ。ええ、ええ、寂しくないですよ」 と、武蔵が近況報告をしている。少し自虐ネタぽくなってはいる。 「武蔵さん、恋人いないの?そんなにカッコいいのにね。優しいし物腰も柔らかで、言うことなしじゃん。モテるでしょ?」 「リロン…NO…そんな大きな声で本当のことを皆まで言うな。わかってる…うん、そう、カッコいいなんて、敢えて言わなくていい。俺、嫉妬されたら、たまんない、巻き込まれたくない。最近、たまーにジロウさんから、殺人鬼みたいな顔で睨まれてるんだから」 武蔵は首を振り、手で制している。 ふざけてそうは言うが、武蔵はジロウとリロンが付き合ってると思い込んでいるため、ジロウの前でリロンが武蔵にふざけて絡むのを嫌がる傾向がある。 「また…だから違うって」と、リロンが言うと後ろから「リロン、いいんだよ。めんどくせぇから」とジロウの笑いを含む声が聞こえた。 ランチを終了させ、今は武蔵が昼の賄いメシを作ってくれている。料理をしている姿を見ながら、キッチンでリロンは武蔵と喋っていた。 ジロウは少し出かけてくると言い、フラっといなくなったと思ったら、ヒョイと帰って来ていたようだった。 「ジロウさん、どこに行ってたの?」 「ドラッグストア」 「ふーん…」 どうしたのだろう、火傷でもしたのだろうか。店の休憩時間にドラッグストアに行くなんて、よっぽどだとリロンはジロウの手を眺める。特に、火傷はしていないように見える。 火傷や怪我がなくて安心するが、最近ジロウはこんな感じでフラっといなくなる事が増えた。気分転換に外に出てるんだなと思ってはいるが、少し気になってもいた。 今日は土曜日。 夜は忙しくなりそうだが、天気は雨模様だ。外にテーブルは出せないから、入りきらないお客様はお断りするしかない。お断りはちょっと胸が痛む。 「出来たぞ。リロン、テーブルに運んでくれるか?」 武蔵の賄いメシが出来たようだ。リロンが三人分のパスタと飲み物を運ぶ。 今日はカラスミのパスタだ。賄いメシなのに豪華なので嬉しい。気分が上がるのでリロンは踊るようにテーブルに運ぶ。 「ちょっとな…ジロウさんとリロンに食べてもらおうかなって思って。今日はたくさん作ってみました!はい!」 武蔵はパスタ以外の料理をテーブルに運んできた。 「うわぁ、すごい。俺さ、武蔵さんのご飯好きだよ。めっちゃ伝統的だよね。コース料理みたい」 リロンがはしゃぐ隣で、武蔵がチラッとジロウの様子を見た。別にジロウに変わりはない。二人の間に変な間があるなとリロンは思ったけど、気を取り直してもう一度料理に目を落とす。 「えっと…これがほうれん草のスフォルマート、チーズのソースをかけてある。後はイワシとゴルゴンゾーラのブルスケッタでしょ。パテも作ってみた。とりあえず昼はこんな感じで」 「うわぁお!本当にコース料理みたいでソースもしっかり乗ってる。食べていいの?嬉しい!いっただきまーす」 見た目も綺麗に盛り付けしてある。普段から、リロンの無茶振りなオーダーでも、武蔵は基本的にしっかりとした料理を多く提供している。それはバルとかビストロよりも高級な料理の印象を持つ。 「へぇ、やるな...美味い。武蔵、美味いよ」 ジロウも武蔵の料理を褒めている。 いつも思うが、ジロウは食べている時の所作が美しい。見た目で判断すると、もっと豪快に男らしく食べるだろうと想像するが、それを裏切り、ジロウの美しい所作に見とれてしまうことがある。 ジロウの手元を見つめていたら、何?と言いたげに、片方の眉を上げて見つめ返された。ジロウのこの仕草には慣れない。ドキッとしてしまう。 「えーっと...武蔵さん、スフォルマートっていうの?これ凄く美味しい。パテもパスタも美味しいし。これ、今日から店で出すの?」 「いや、この料理はここ向きじゃないだろ。うちの店では、サッと出せる料理がいいんだから」 リロンの質問に、武蔵ではなくジロウが答えた。ジロウが否定をするのは珍しい。 あれ?と思いながら武蔵を見ると、うんうんと頷きリロンに向かい親指を立てている。 「ねぇ、どうですか?これで、ジロウさん考えてくれる?」 武蔵は何かジロウにお願いしているような口ぶりだった。ジロウに料理を食べさせて、祈るようにしてジロウの答えを待っていた。 「えーっ...なんだよ。美味いよ?美味かったよ...うーん、まあ...武蔵はそっちに向いてるよな。それは思うよ」 「ジロウさん、わかってくれたんならいいけど。本当に考えて欲しいよ。あなたを待ってる人はたくさんいるんだから。それにさ、俺だってそう望んでるよ。リロンも、なっ?そうだよなっ?」 最近、ジロウと武蔵は営業前の準備中によく話し合いをしていた。料理のことや店のことだろうなと思っていたから、出来るだけ邪魔しないようにと、リロンは気配を消している。 それにフラっとジロウがいなくなることが多い。何かがあるのだろうと思っていたが 期間限定、期限付きのバイトであるリロンは、尋ねることもせずに過ごしている。 それにこんな感じ、よく知ってる。 ご婦人たちから契約終了を言い渡される前はこれと同じような感覚がある。 ご婦人たちに新しく夢中になることが出てきたり、リロンを交えて生活するのが難しくなってきたり、理由は色々とあるけれど、所謂厄介な存在になると契約終了と言い渡されていた。 よそよそしくなり、会話が少なくなったりする人もいる。次にリロンが住める場所を提供しようとする親切なご婦人もいた。 今のこの状況がそれにとても似ている。 ジロウや武蔵がよそよそしくなっていることは無い。だけど、二人で何かを始めようとしているのはわかる。だから次に来るのはリロンが厄介者になることだとわかっていた。 そろそろ、ここから出て行く準備をしておかないとなとリロンは考える。ジロウとの、約束の期限はあと少しだ。 また新しいご婦人と仕事に戻れるのだろうか。契約は上手く結べるのだろうか。不安はあるが自分にはそれしかない。いずれにしても、もう一度銀座駅のホームベンチに座ることになるだろう。 ジロウとの生活は楽しい。店で働くことの楽しさも教えてくれた。人生の中で今が一番楽しいとさえ感じている。 ジロウと離れて生活するんだと考えると、寂しさと、その他の何とも言えない気持ちが胸に広がる。 「おーい、リロン?どうした?」 武蔵が怪訝な顔でリロンを見ていた。 「えっ...? うん、美味しいよ。すっごく」 意識が違う方にいっていた。笑いながら武蔵にリロンは答えた。 少しでも嫌なことは考えていたくない。 今が楽しければ、これがずっと続いてくれればと図々しく願ってしまうことがある。

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