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第15話 リロン
雨が降ってきた。
週末の土曜日だから忙しくなるはずだが、雨だと客足が鈍くなる。それに、外にテーブルが出せないから、せっかく店が盛り上がってきても、その時入れずに帰ってしまうお客様が多くいた。
「リロン、下野 さんのテーブルに、これを持っていってくれ。これはサービスですって言っといて」
ジロウに渡された皿には、さっき武蔵が作ってくれたパテとスフォルマートが乗っている。店では出さないと言っていたが、常連客の下野には出しておいてくれと言われた。
「OK!下野さんのテーブルは、後で蓉くんも来るって。だから3人になるから!」
週に何度も顔を出してくれる常連客に、下野 という男がいる。見た目は大柄でワイルド、強面だが実際はとても優しく、裏表がない気持ちのいい性格の男だ。リロンがお客様の中でも心を開くほどだった。
「下野さん!これ、ジロウさんからです。サービスですって言ってました」
「おお!マジで?嬉しい。ありがとう」
下野はデリカテッセンの店を経営している社長だという。会社の社員を連れてくる時もあれば、今日のように仲の良い年下の友人達を連れてくる時もある。
見た目と違って優しく、いつも楽しく話しかけてくれるから、店に下野が来るとリロンは嬉しかった。
今日はいつも来る年下の友人を連れて二人で来ていたが、後でもうひとり遅れて来るから三人になるよと言っていた。
「蓉くん、今日仕事なの?」
「うん、土曜日なんだけどさ、仕事行ってるんだよ。もうちょっとで来ると思う」
「OK!蓉くんが来てくれると、ジロウさんが張り切って作るから!楽しみに待ってるよ」
下野と一緒に来ている海斗という青年と言葉を交わす。遅れてこれから来るという、もう一人は蓉という青年で、海斗と蓉はいつも一緒にここに来ていたから、リロンとも顔見知りになっていた。
二人は先輩後輩の仲らしい。蓉が先輩で海斗が後輩だと以前教えてくれたことがあった。大学時代からの付き合いらしい。
この二人は、下野がいなくても来ることがあり、こちらの二人も楽しく紳士的でリロンの好きなお客様である。
蓉は、ものすごく大食いなのでいつもキッチンでは蓉のためのメニューを作っていた。ジロウは蓉が来ると知ると、張り切って毎回あれこれと勝手に作って出している。
「今日は雨だけど、お客さんすごいね。最近、凄く繁盛してんじゃない?」
「そうなんです。雨だと外にテーブルも出せないから、お断りしちゃうのがちょっと心苦しい…」
「あはは、リロンは優しいな。でも、今日は俺たち入れてよかったよ。ありがとう」
下野はいつもお酒を飲んでいる。それも好んで飲むので色々なものを頼むが、今日はガスなしの水を飲んでいた。敢えて何も聞かないでサーブしているが、リロンは内心どうしたんだろうと思っていた。お気に入りのお客様の態度が、いつもとちょっと違うと感じているからだ。
オーダーを通すため、キッチンに戻るとジロウと武蔵は忙しく動いていた。
「リロン!これ、あっちの女性グループに出して。あっ、パスタは男女グループの方で!」
「OK!」
雨模様でも店は繁盛してきた。キッチンは二人だから相変わらずフロアのサーブが滞ってしまう時がある。こんな時は、ジロウがフロアを手伝ってくれていた。ジロウと二人でフロアを回すのが楽しくて好きだ。
「リロン、俺も行くから…」
ジロウがリロンの肩に手を置き、耳打ちした。キッチンの中では、相変わらず三人共通で使用する言語は英語だが、ジロウがリロンに耳打ちする時は日本語だった。
毎回、その日本語の囁きにドキッとする。
料理を手にフロアに出るジロウを、視野の端で確認をする。
相変わらず女性グループのところではお喋りをしているようで、ジロウの言葉に女性達の笑い声が聞こえる。
なるべく意識しないようにと思っているのに、何故か気になって仕方がない。自然と目で追ってしまう時がある。
雨が強くなってきた。お客様がポツポツと帰り始めている。今日はこのまま終了しそうだなと思いながらも忙しく動いた。
バタバタっとお客様が立て続けに帰り、電子マネーで決済をしていた時、下野たちも帰り支度をしていた。
途中参加した蓉には、ジロウと武蔵の二人かがりでパスタやピザなどを作り、これでもかっ!というほどの量を出していた。それでも蓉はペロリと全てを平らげて平気な顔をしている。いつも頼もしく食べるその姿は、キッチンの中でも評判だった。
最後まで下野はお酒を頼まなかった。初めて見る姿だ。帰るというのに下野の後ろ姿を見ると少し緊張しているようだった。それに、ソワソワしているような気もした。
下野たちが帰ったのが最後で、店内にお客様はひとりもいなくなる。閉店まではまだ時間はあるが、この雨だときっとこの後もお客様は来ないだろう。だけど…
「ジロウさん、多分…下野さん戻って来ると思うよ…」
「えっ?マジ?そんな感じ?」
リロンはお客様のことを見ながら接客をしているため、たまに突拍子もないことを言うが、その内容はほぼ当たっている。だからジロウもリロンの言うことには、素直に耳を傾けて聞いてくれるところがある。
「…うん。今日はお酒頼まなかったし、何だか緊張してるような…ソワソワしてる感じがあった。どうしたんだろう、心配」
「うわぁ、リロン、やめて!なんでリロンが心配しちゃうんだよ。俺がいる時、修羅場になるの嫌!」
武蔵の勘違いな言葉は、リロンもジロウもスルーする。
「ああ…わかった。下野さん戻ってきたら、今日はそれで店は終わりにしよう」
ジロウがわかったと言った時、下野がひとりで店に戻ってきた。
リロンの予想通りだった。
リロンはここに居ていいよと言われ、ジロウが下野を迎えに行った。カウンター席にどうぞと言う声が聞こえる。
カウンター席でジロウは、下野にガスなしの水を出しているようだった。
「あと一時間ってとこかな…それでもう、今日は閉めちゃうよ?」
ジロウが下野に話しかけている会話が聞こえる。
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