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第18話 リロン
ジロウが頼んだという助っ人たちは、ジロウ不在の間フィエロを取り仕切っていた。
既に予約が入っている日まで店を開けていたが、その後はジロウの復帰を待たずにフィエロを閉店させたという。
その助っ人たちは、フィエロのキッチンからソムリエ、フロアスタッフまでを、別の店に紹介したそうだ。
「俺はさ、そっちの紹介された店に行かなかったんだよ。やっぱり内容も違うし…提示された給料は悪くなかったけど」
武蔵は思い出すようにして、話を続けている。
「ジロウさんが新しく店をやり始めたって聞いてさ、どこにリストランテ作ったんだ?って思ったら…ここバーシャミ。バルかよ!って思った。でも…来てみたら、ジロウさんがめちゃくちゃ楽しそうに料理してたから、これもありか!って。リロンもいてさ、二人楽しそうじゃん?」
「前はわからないけど…確かにジロウさんはいつも楽しそうに料理するよね」
それはリロンも感じている。
ジロウが作るものは、どれも鮮やかで目を引くものが多い。見た目もいいが、味に迷いがないっていうのか、ぼやけた感じがなく、ハッキリしていて美味しい。だからこそ客にウケているんだと思う。
「だけど閉店するんだろ?閉店って聞いて、やっぱりリストランテを作るんだなって思ったから、また俺を雇って欲しいって言ってたんだ」
武蔵の話を聞くと、ジロウは何かしら動き出していることは確かだと思った。店の休憩中にフラっとどこかに出かけていなくなったり、最近の定休日には必ず外出もしている。
だけど、定休日の外出は、相変わらず二つの香水を身にまとい帰ってくる。何かがあるのはわかっているが、また胸の奥がムカつくような感じがして、ジロウには何も聞けないままであった。
いずれにしろ、店はもうすぐ終了となる。ジロウとの関係はそれまでとわかっている。
「そうなんだ…だから、武蔵さんはジロウさんにコース料理を賄いで出してたんだね。ジロウさんがOK出せば、フィエロを復活してくれるかもって思って?」
武蔵は何かというとジロウに試すように『賄いメシ』を作っていた。その賄いメシはいつもコース料理のようなものが多く、ジロウに料理を食べさせて、祈るようにしてジロウからの答えを待っている姿を、何度も見ていた。
「そうだな、ジロウさんに認めてもらいたくて。フィエロの後はずっと色んなリストランテで修行してきたからさ」
「フィエロってどんなところなんだろう…お客様もスタッフも復活するのを待ってるのかな。武蔵さん、頑張ってね。武蔵さんの作るものって美味しくて、美しいからイケるんじゃない?ジロウさんだって認めてると思うよ。俺も応援するよ」
「リロン、マジでそんなフワッとしてたらダメ!ジロウさんの恋人だろ?いつも俺の前でイチャイチャしてるだけかよっ!ねぇ、もう、二人共しっかりして!大切なことだよね?ねっ!」
「だから、違うって…」
「あのね、ジロウさんと俺は昔ニューヨークで一緒に働いてたんだけど、そこのオーナーが新しい店をオープンさせるんだって、ニューヨークで。そこをジロウさんに任せるって話も出てるらしいんだよ。だけどさぁ、自分でリストランテを経営するのがジロウさんの夢だしさ。フィエロは一度閉店させちゃったけど、志半ばだろうから絶対もう一回やり直したいはずなんだと思うんだよな…だけど、ニューヨークの話もあるし…」
ジロウはニューヨークに行くのだろうか。リストランテをここ日本でもう一度やり直すのだろうか。
いずれにしろ、ジロウに聞かなくてはわからないことだ。本人の口から聞かなければ全て噂に過ぎない。
言葉は案外大切なものなのかもしれない。
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