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第19話 リロン
夜には一緒に映画を見ようとメッセージを送ってきたくせに、ジロウは深夜まで帰って来なかった。
こんな時は、いつも同じ匂いを振り撒いて帰ってくるのを知っている。
ベッドに入り寝ようとするも、なかなか寝られずに何度か寝返りを打っていたら、1階から階段を上がってくる足音が聞こえた。
ジロウが帰ってきた。
バスルームに直行せず、ベッドルームに入ってくる気配を感じる。リロンはベッドの中で背を向けて寝ているフリをしていると、ジロウに後ろから髪を撫でられた。
ビクッと身体を震わせないように何とか気をつけることが出来たと思う。
電気を消した真っ暗な部屋の中、ジロウの指先がリロンの髪先から耳へ、そして首筋へと流れ落ちる。その指先からトムフォードの二つの香水が香ってきた。
その後、ジロウはベッドルームを出て3階のバスルームに上がって行った。
ベッドの中でリロンはゆっくりと静かなため息をつく。ジロウは今日も年上の女性と過ごしたようだ。ジロウの指先から知らない女性の気配を感じる。その気配を感じた時、胸の奥が深く痛い思いをした。
リロンは撫でられた場所に指を這わせてみた。髪先から耳、首筋へと。
ジロウに撫でられた場所が熱い。何故そう感じるのか、胸が締め付けられ痛くなるのも限界を感じている。
もういい加減わかっている。
ジロウに恋をしているということ。
自分の気持ちがはっきりしていること。
ジロウがそばにいれば楽しい、家の中でも無意識にジロウの姿を目で追っている。
離れると不安になる。知らない女性の影にキリキリと胸を痛ませ、その知らない女性に嫉妬もする。
これだけ条件が揃えば、恋に落ちているということが、誰にでも簡単にわかるだろうと、リロンは自分の気持ちにため息をついた。
明日、ヘアサロンに行こう。
そして、ここを出て行く準備をしよう。
ジロウと約束した期限はあと少し。バーシャミの営業もあと数日ってところだ。確実に終わりは近づいている。明日から次の契約を探し始めよう。髪を切り心機一転、新しく変わろうと、リロンは決意する。
3階から降りてくる足音が聞こえる。
ジロウがシャワーを浴びてベッドルームに来るのだろう。リロンは再び寝たフリをした。
ベッドの端が少し沈むのを身体で感じた。ジロウがベッドに入り横になるのが、真っ暗闇の中でも気配でわかる。
エルメスの匂いがする。
リロンはいつの間にかこの匂いが落ち着くようになった。2ヶ月という期間は、人の好みも簡単に変えるものなのか。
ベッドの中で、ジロウはズリズリとリロンに近づき、後ろまでピッタリと寄って来た。その後は躊躇せず、リロンに足を絡めて大きく深呼吸をしている。少ししたら寝息が聞こえ始めた。
ほらね、やっぱりジロウからくっついてきてるんだ。知ってるんだから。と、リロンはジロウの寝息を背中で確認してから目を開く。
嫌な男だ。
夜中に帰ってきておいて、ベッドに先に入ってる者に足を絡めてくるなんて。
ちょっと前は知らない人の香水を身にまとっていたくせに、シャワーで匂いを落としたら何もなかったように足を絡めてくる。
こんな男、酷い男、嫌な男。そう思うけど、脚を跳ね除けられずにいる。
こんな男、好きな男、愛おしい男。何を言ってもそう変換されてしまう。
考える分だけ、泣きそうになってしまうじゃないか。
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