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第22話 リロン

久しぶりに二人で飲んでいて、楽しかったからなのか時間が思ったより経っていることに気がついた。 銀座からどこに帰ろうか…そろそろ従兄弟の家に帰ろうかと、一瞬考えたが玖月と約束しているし、ジロウとの契約もまだ残っているからと考えて、ジロウの家に戻ることにした。 晃大には何も伝えていないが、リロンの迷いある気持ちは、やはり雰囲気で察しているようである。 駅の改札まで歩く途中に、今後の契約のことを聞かれた。 「どうしても仕事が見つからないって時は連絡しろよ?ひとつふたつは紹介できると思うから。だけどな…お前だって、本当はわかってんだろ?」 「わかってるよ。もう長くは続かないってことでしょ」 ご婦人たちとの契約も、多分もう難しいだろう。契約が出来たとしても続かない。だから、自分の人生を考えなくてはならない。使い捨てのイヤホンはもうやめよう。 「ああ…そうだな、そういうことだ。行くとこなければ、数日ならうちに来てもいいけどよ…」 「ダメだよ。晃大にはちゃんと相手がいるだろ?俺が行ったら邪魔者じゃん。それに…約束してるから。今週末まではそこにいるって。だからちゃんと戻るよ」 エスカレーターを降りて、日比谷線のホームに出た。終電までの電車はあと2本だ。 久しぶりに見る銀座のホームは懐かしい。この先のホームベンチにいつも座っていたなと、リロンは五人掛けベンチシートを見る。 その五人掛けシートの真ん中の椅子に、大きな身体の外国人が座っているのが見えた。 晃大と歩き、ベンチシートに近づくが、近づいていくのが怖い。その外国人は、リロンに気がつき、こっちを真っ直ぐ見て目が合った。その外国人から、リロンも目が離せなくなっていた。 「なぁ、リロン。髪をセットする時はこの辺からざっくり乾かして、分けるんだぞ。このスタイルは前をふわっと、」 晃大がリロンの頭を撫でるようにし、ヘアセットの方法を教えてくれている。 ベンチに座っていた外国人が立ち上がり、凄い勢いでこっちに近づき、リロンの髪を触っている晃大の腕を掴んだ。 「…おっと?」 腕を掴まれた晃大が、驚いた様子で男を見ている。 「…どーも」 腕を掴んでいる外国人の男は『どーも』と、友好的な言葉を吐くが、晃大から目を逸らさず睨んでいる。 「ジロウさん…なんで…ここにいるの?」 「お前を探しに来た」 ジロウが怖い顔をして晃大の腕を掴んだまま答えている。答えている内容は、リロンを探しに来たということだけど、ニコリとも笑いもせず、怒った顔をしている。 「ジ、ジロウさん、あのね、手を離して。あ、こっちはね晃大…ってね、あの、」 晃大の腕を掴んだままのジロウに慌ててリロンが話しかけた。リロンの言葉を聞き、ジロウは晃大の腕を離してくれた。 急に知らない男に腕を掴まれたのに、晃大の方はニコニコとして「へぇ…」と言い、掴まれていた腕をさすっている。 無言のまま三人突っ立っている時間が続いたが、反対側に電車が到着した。晃大が乗る方の電車だ。 「じゃあな、リロン。また連絡くれよ」 そう言い残して晃大は電車に乗り込んでいった。 リロンはジロウに手を掴まれ、ホームベンチに二人並んで座り込む。 「…誰だ?あれ」 ため息のようにジロウが呟いた。 「あ…晃大。友達。美容師だから、今日ヘアカットしてもらってた」 「コウダイ…ねぇ…あいつが何度も電話してきた奴か。お前の携帯、バスルームに置いてあったぞ」 ほら、と言いながらジロウはポケットからリロンの携帯を出して渡してくれた。多分、ジロウは着信の名前が携帯に表示されたのを見ただろう。 「携帯忘れて出ちゃったから…ありがとう。晃大はヘアカットの時間変更したいから何度も電話したって言ってた…」 特に言わなくてもいいことなのに、言い訳のように口から出てしまう。言葉は本当に嫌いだ。 駅のホームで言い訳やら、なんやら、言葉に躓きながらジロウに話をしていたら、最終電車が出ていってしまった。 「あーあ…電車行っちゃったな。仕方ない。外に出て歩こうぜ」 いつものジロウに戻っているようだった。飄々として、ふざけたことを言い出しそうな雰囲気だが、いつもと違うのはリロンの手を握り離さないこと。 銀座駅の改札を抜けて外に出ると、季節外れの暖かい空気がまとわりついた。 ジロウに手を引かれ歩き始める。夜中だし、人通りも少ない。手を繋いでいても誰も気にしない。 ジロウに聞きたいことがたくさんあるのに、何も聞けないでいる。 「あそこに座ってるお前はいつも何を考えてたんだろうな…」 「えっ?」 「あの時、どんなこと考えて座ってたのかなって。お前を探しながら、俺もさっきからあのベンチに座って考えてたんだ」 「あの時って…2ヶ月前に偶然、あのホームベンチで会った時のこと?」 「ははは、偶然か。俺はお前を探してたけどな。そうか、お前は偶然会ったって思ってるんだっけ」 笑いながらそう言い、前を向いて歩くジロウの横顔を盗み見た。

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