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第24話 リロン

ジロウからの次の言葉を待つ。 何がしたいのだろうか、ジロウのやりたいことがわからない。ニューヨーク行きを断ったとジロウは言っている。 ジロウはリロンの手を引きまた歩き始めた。この道には、車がポツポツとしか走らない。もう少し先に行くと大きな道路が出てくる。そこの道では深夜でも車がたくさん走ってるだろう。 「俺はフィエロをもう一度オープンさせる。やり直したいと思っている」 静かな深夜だから、ジロウの声はよく聞こえる。 「本当に?」 フィエロのことは武蔵から聞いていた。ジロウの口からやり直したいと聞き、リロンは素直に嬉しく思う。ジロウを見ていてモヤモヤとしていたものは、そこだと思っていたからだ。 何かやりたいことがあるはずだ。全身でそう訴えているくせに、ワザと飄々として、ジロウは自分をも誤魔化していると、ずっと思って見ていた。 「俺、まだやり終えてもやり始めてもないよな?って。考えれば考えるほど、答えはそこに行き着くんだよ。ただ、本当にできるのか。失敗はもう二度と出来ないし、不安なのは確かだな。多くの人の協力も必要だと思ってる。だから、その準備をここ最近はしていた」 ジロウのやりたいことを聞き嬉しく思うが、その反面ジロウが自分から離れていくのを感じてしまう。嬉しい話だが、血の気が引いていく思いもして複雑だ。 さっき晃大が言っていた言葉が、頭の中で聞こえる。 『誰かにその人の一番近いポジションを取られても黙って見てられるか?』 晃大は『俺は出来ない』ときっぱり言っていた。羨ましいと今は強く思う。リロンはそこまで出来ない。 「そうか…よかった、ジロウさん。何かやりたいことあるんだろうなって思ってたから。フィエロをやり直すなんて最高じゃん。ジロウさんの決意を聞いたら武蔵さんも喜ぶよ。頑張ってね、オープンしたらお花とか贈ろうかな」 繋いでいる手をリロンから離した。自分はジロウの近くにはもういられないなと考え始める。 きっと、ジロウを支える人が近い将来現れるだろう。友達や同僚ではなく、一番近いポジションで支える人だ。恋人や家族になるであろう人だ。 人は大きなプロジェクトをやり始めようと勢力的に動き始めると、色々な人が寄ってくる。力が漲り、自信に溢れ、魅力発揮するからだろう。 そんな時は、その人を支える人もスッと寄ってきて、ピッタリと隣に寄り添うはずだ。 同じような人をリロンは、ご婦人たちとの生活の経験上からたくさん見てきていた。だから、これからのジロウは更に魅力的になり多くの人が寄ってくるだろうとわかる。 自分がジロウの近くにいるわけにはいかない。何もない自分が近くにいると、惨めになりそうな気もする。 「おーい、リロン。今までの話を聞いてましたかー?お前、ほんっとに言葉をシャットアウトする癖あるな」 離した手をジロウに繋ぎ直される。 「な、なに?なにが?ジロウさんがやり直すんでしょ?バーシャミは今週までだし、その後はフィエロ復活に向けてやり直すんでしょ?聞いてるってば!」 さっきよりも力強く手を繋ぎ直されたから、動揺してしまう。離そうとしても離れそうにない。 「なっ…!そこじゃないだろ!俺、頑張って口説いてるんだぞ?ちゃんと聞けよ。お前を手放すのが惜しくなった。これからもお前と一緒にいたいって言ってんだろ?」 「えーっ!俺、リストランテでは働けないよ?やったことないし…」 「ち、違う!リロン、マジか!ぜんっぜん伝わんないのな。えっと…な、ニューヨーク行きを断って、フィエロ復活させる話はこれからのこと。何度も考えてそう決めた。うだつの上がらない俺にそう決断させてくれたのは、お前だと思っている。お前が俺にケジメをつけさせてくれて、前に向かわせてくれたんだ。そして俺はそのお前に惚れている。俺はお前と一緒にいたい。お前のことが欲しい」 腕を引かれて立ち止まり、ジロウの胸にまた戻された。ドクドクとジロウの心臓の音が聞こえてくる。 「…こういうことだって、わかる?」 ジロウに抱きしめられた。胸がギュッと痛くなる。 「いっ、いっ、いや、わかんない…」 ドンっとジロウを突き飛ばしてしまった。 何を急に抱きしめたりして、雰囲気を出してくるんだ。ジロウは本気で言っているのだろうか。揶揄われてたら立ち直れない。そう考えたらリロンはジロウを突き飛ばしていた。 「わかんない!わかんないよ。何?今まで何も言わなかった。知らない!ジロウは本当に酷い男だと思う。こっちの気持ちを上げたり下げたり…自分勝手が過ぎる!」 「…お、おう」 「なに…なんで?何でそんな急に甘い感じを出してくる?この夜の気配に流された?わかんないよ!何も言わないくせに!」 リロンは溢れてくる言葉が止まらなかった。それを客観的に見てる自分がいる。おかしなことを言ってるなぁと思うが、止まらない。 しかも、リロンは怒りが頂点にあるためか英語で文句を言い始めていた。日本語より英語の方が強い言葉を知っているからかも知れない。 ジロウは、ムカつくことに、そんなリロンの言葉を聞き、最初はびっくりしていたようだが、次第にニコニコと、笑いながら聞き始めていた。ただ、逃げないようにか、逃がさないようにか、リロンの腕を掴んで離さない。 「大体さ、わかんないことだらけなんだよ!ジロウがフィエロを復活させるのに俺に何が出来る?一緒にいたって俺は役に立たない!そうだろ?それに…それだけじゃない、他にもわかんないことがある。ジロウは何で寝ている時に髪を撫でるの?バスルームで優しく髪を洗うのはどうして?ベッドの中で足を絡めてくるのは何で?逃げないようにって何?ほら!ジロウは何も言わない!言わないじゃん。俺を揶揄ってるんだろ?それに…知ってる!俺は知ってるんだ。ジロウはいつも香水を振り撒いて帰ってくる。知らない人の香水が家の中に入ってきている!息を吸うといっぱい!初めて会った時も、昨日だってそうだ。二人分の香水が香ってる!その人がきっとジロウを支える人でそばにいる人なんだろ?そうだ!きっとそうなんだよ。だから俺をもう揶揄うなって!」 「ああ…もう、お前はそうだった。俺が悪い、ちゃんと話をしないで自分ひとりで決めているからだな。だけどな、俺が必要とする人はお前なんだリロン。役に立つとか立たないとか、そんなの関係ない。俺のそばにいて欲しいんだ。他の人じゃない。フィエロをやり直す時も、夜寝る時もずっと一緒にそばにいて欲しい。わかるか?俺はお前を揶揄ったことなんて一度もないぞ」 もう一度腕を引かれて抱きしめられた。もう何度目なんだろう、この繰り返し。 何度離れても、ジロウの腕の中に戻されてしまう。 「言葉なんて大っ嫌い!上手く言えない」 「リロン?寝ている間に足を絡めたり、髪を撫でたりするのは、俺が君のことを好きだからだよ。ふざけているわけではない。揶揄ってやってることでもない。隣にいつもいる君にずっと触れていたい。ああ…でもな、もっと早くから話をすれば良かったか。全てを整理してから伝えようとしていた俺が悪かった。リロン…俺の言葉を全て真剣に受け止めて欲しい。それだけだ。俺は君に嘘はつかない。誤魔化したりもしない。それは誓うよ」 嘘だ!と言いたいのに先回りして全てを言われてしまう。ジロウから好きだと言われた。顔を覗くと真剣な表情をしている。 「…だけどジロウはずるい。知らない人の香水のことは言わない」 胸が張り裂けそうになりながら、問いかけているのに、ジロウは一瞬ポカンとした顔をし、その後笑い出していた。 「香水?それ、俺の姉だな。銀座駅のホームで会った時も確か言われたよな?トムフォードの二つの香水が香ってるって。昨日もそうだ。俺は姉と会っていた。俺の姉はニューヨークの店のオーナーなんだ。それと、バーシャミのオーナーでもある。ニューヨーク行きを断ってから拗れに拗れて、昨日何とか許してくれた」 「…はあ?お姉さん?」 「今度、金曜日にバーシャミに来るよ。もう閉店だから最後に来るってさ。もちろんリロンにも会わせるよ。まぁ、かなりパワフルな人だから覚悟しておいて欲しい。スキンシップが過剰なんだよなうちの家って。そっか、リロンに二人分の香水の匂いがするって言われてたっけ…なるほど、あの人のことでリロンに誤解されるのか…そんなこと考えもしなかった」 この数週間、何だったんだろう。怒りが込み上げてくるが、発散する矛先が見当たらない。 「もう一度言う。俺はお前が好きだ。俺のフラフラとした気持ちにケジメをつけさせてくれてたと思ってる。お前が俺の作る飯を美味いって、笑って食べてくれるのが俺の指針だ。シェフを目指したことを、何がやりたかったのかをリロンが思い出させてくれた。お前に会うまで俺はそれを忘れていたんだ」 「…そんなこと初めて言ったじゃん」 もっと前に、ちゃんと言ってくれればよかったのに。そしたらこんなに悩まなかったのにとリロンは口を尖らせて小声文句を言う。だけど、言葉を嫌って聞かないようにしていたのは自分の方だ。 「リロン…俺のそばにいて欲しい。これからも一緒にいて欲しい。これからは、ちゃんと言葉にしてそう伝えるよ。他には?聞きたいことある?」 「えっ…と、別に…」 「そうか。じゃあ、そろそろキスをさせてくれ。銀座から俺はずっと頑張ってリロンを口説いてるんだぞ?」 「わかりにくいんだよ…」 もう一度文句を言ってやったが、ジロウは笑いながらゆっくりリロンにキスをした。 ジロウには似合わないゆっくりとしたキスは、リロンの背中に真っ直ぐと何か熱いものを注ぐようだった。 「俺の愛を喰らって欲しい」 真っ直ぐに注がれる熱い何かはなんだろうと考えているとまたキスをされる。 憎たらしいから、背中に手を回して好きな男を抱きしめてやった。

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