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第38話 ジロウ
「クミコ、ありがとう。来てくれたんだな。あっ、紹介するよ。こちらは持田さん、ご夫妻でフロアの支配人をしてくれるんだ」
持田も縁江も「はじめまして」と丁寧にクミコに挨拶をしている。クミコは明るく元気に対応していた。相変わらずのラテンのノリである。
「俺の姉なんです。それと、」
後ろにいるリロンをも紹介しようとした時、クミコに言葉を遮られた。
「ジロウ!フロアスタッフ募集してるんでしょ?私が紹介するわ!連れてきたの」
そう言い、リロンの腕を掴み引き寄せている。リロンがフロアスタッフに?と、呆気に取られて声も出ないところに、クミコがまた畳み掛けるように喋っている。
「はい、リロン!ここ座って。フロア支配人にご挨拶しましょう」
「へっ?は?」
あっという間に面接のスタイルを作られてしまった。リロンの方を見ると持田夫妻に向かい「よろしくお願いします」と、挨拶を始めている。リロンと言葉を交わすことなく、ジロウはクミコに背中を押され持田夫妻の隣に座り直した。
「早川 リロンです。リストランテでのレストランサービスの経験はありません」
「えっ!なっ、な」
リロンがにこやかに口を開き、サラッと面接に入っているのに驚いて声を上げたが、クミコに「シッ!」と言われてしまう。
早速、縁江がリロンにいくつか質問をし始めた。さっきの面接と同じ内容である。
「経験は特に必要ではありません。では、あなたが思うレストランサービスとはなんでしょうか。教えてください」
「レストランサービスは、お客様対応を繰り返せば上手くなるものではなく、考えながら動くことが出来ることが必要だと思います。お客様に聞かなくても、言われなくても、予想できることがあるからです。また、お客様一人一人違いますので、そのお客様にあったサーブが出来ることが重要だと考えます」
「…なるほど」
縁江の態度が今までと少し違っている。ジロウは声をかけることを躊躇い、ドキドキとして聞いていた。
「では、ここフィエロで働きたい理由は、なんでしょうか?」
続いて持田からの質問も入る。
「フィエロのシェフが作る料理をフロアのサービスで最高に美味しいと言われるようにしたいと思っています。あと…フィエロは少し個人的な思いも強いです」
チラッとリロンに見られて目が合い、ドキッとする。リロンが面接を受けているのもまだ理解が追いつかない。
「あなたが昨日の夜食べたもの、それと今日の食事も教えてもらえますか?」
縁江から質問が上がる。人の食事なんて聞いてどうするんだろうとジロウは思うが、縁江はこの質問を必ず面接者に聞いていた。
「昨日は…昨日の夜はフレンチのコースです。場所は六本木でした。今日のお昼は、立ち食い蕎麦です。トッピングはわかめにしました。場所は日本橋です」
またにこやかに笑いながらリロンが話をしている。そういえば以前も立ち食い蕎麦にクミコと行くと言っていたなと思い出す。
「なるほどね…日本橋の…あのお蕎麦屋さんね」
また縁江が頷いている。他の面接の時とはだいぶ感じが違うようで、縁江の態度が柔らかい気がする。それにリロンと立ち食い蕎麦屋の話をし始めている。
「それでは、今、私に必要なものは、何かわかりますか?」
「はあ?」
つい、ジロウがまた声を上げてしまった。クミコに「ジロウ!静かにしてよ!」と注意される。
縁江がリロンに聞く質問内容がわからないから、声が出てしまう。今までの面接では聞いたことがない質問である。
リロンはゆっくりと縁江と持田、そしてジロウを見渡して考えていた。
「そうですね…シュガー付きでエスプレッソをもう一杯でしょうか」
「あははは、はい、採用ね」
縁江が笑いながら採用と言うので思わず、「えーっ!」とジロウは大きな声を出してしまった。初めての合格者だ。
「なによ、ジロウ!さっきから、うるさいわね。リロンが採用されるのが嫌なの?」
「違う!違う!いや、びっくりして声が出ちゃったんだよ。えっ?なに?何が起こった?どうなってるんだよ」
ジロウは立ち上がり、座っているリロンのそばまで行き、跪いてリロンに聞いた。
「よかった…ジロウさん、採用だって」
「はあ?なに?俺には何だかさっぱりわからん。リロン?」
リロンの手を握り、下から顔を見上げるとホッとしたように笑っていた。
「ジロウさん、お知り合いですか?」
声の方を振り返ると持田と縁江が様子を伺っている。ジロウはリロンに跪いた格好のまま持田夫妻に答えた。
「あっ、そうなんです。俺の恋人なんです。だけど、今日ここに来るなんて知らなかったし…ましてや面接なんて…はあ?」
ジロウはまた驚いた気持ちがぶり返し、リロンを見つめ直してまうが、そこに「あら〜」と、縁江から予想外の声が後ろから聞こえた。
「さあ!リロン、採用とおっしゃっていただいたので、今度は提案しなさい」
クミコがまた口を挟み始めた。
「はい…では、ご提案です」
今度はリロンからフロア支配人に提案が始まった。何がなんだか、まだわからない。
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