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第39話 ジロウ

リロンは今までの自分の生業、ご婦人たちとの生活を簡単に説明し始めた。 東京にいるご婦人たちと知り合いとなり、マナーや会話、身のこなし、振る舞いを教えてもらう。 そのお返しとしてご婦人の望む生活や、身の回りのことを行い、それを生業としてきた。ご婦人との契約だ。 その結果、教養やマナーが身につき、人との距離感や人の心の動きなど、瞬時に察することが出来るようになった。 「相手が何をして欲しいのか、ちょっとした仕草や声のトーンでわかるようになりました。今ではそれが体に染み付いています」 持田夫妻は、このリロンの変わっている生業を聞いても、笑ったり、嫌な顔をしたりせずに聞いている。 「自分と同じ境遇の人間が、ここ東京には沢山います。同じ感覚を身につけた者です。私は、そのような人をかなりの数を集められます。どうでしょう、是非、面接をしていただいて、良ければフィエロのフロアスタッフとして、雇っていただきたいと思うのですが」 リロンと同じ、もしくはそれより年が上になると、ご婦人から声をかけられることが急に難しくなる。そうリロンに聞いたことがあった。 ある程度年齢がいくと、教養もマナーも既に別のご婦人から教えられ、身についている。新しく教えることがないとつまらない。そのため、ご婦人たちと契約を交わすことが出来なくなるそうだ。 そんなご婦人たちと契約が出来なくなった年齢の、リロンと同じ生業をしていた人たちを、ここフィエロで雇って欲しいと、そうリロンは考えていると理解した。 「いいでしょう。あなたが…リロンがいいと思う人を連れて来てください。明日から面接を行います。よろしくお願いします」 縁江が立ち上がり丁寧にリロンに伝え、お辞儀をしている。リロンもその場で立ち上がり、お辞儀をしていた。 「ワアォ!良かったわ!じゃあ、明日からまた忙しくなるわね。ジロウ!」 クミコがまたジロウのそばに駆け寄り、抱きついて頬にキスをしてきた。 「持田さん、では明日からよろしくお願いします。まとめて連れてきますので、面接よろしくお願いいたします」 改めて持田と縁江に向かい、リロンは挨拶をしている。ひと通り挨拶が終わった後、くるりとリロンは向きを変えて、ジロウに小声で囁いた。 「ジロウさん、後で電話するから!」 「お、おう…」 何がなんだかわからないうちに、サッサと決まっていた。 台風のような勢いで来たクミコが「じゃあね!」と明るく言い、リロンを連れて帰って行くのを見送る。 「…ジロウさん」 後ろから縁江に呼ばれた。 「は、は、はいっ!」 「灯台下暗しとでも言うのでしょうか。ジロウさんの恋人が逸材だなんて…いるじゃないですか!原石がっ!」 縁江に喝を入れられた。縁江の横では持田がニコニコと笑いながら「楽しくなってきました」と言っている。 「じゃあ…エスプレッソもう一杯飲みます?」 と、言いジロウはキッチンに急いだ。

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