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第13話
間宮和美への取材を終えた後、遊輔と薫は日帰りを諦め大阪のビジネスホテルにチェックインした。
「302……ここですね」
「ん」
横柄に顎をしゃくり手を突き出す。
薫が小首を傾げる。
「俺の部屋のキー。持ってんだろ」
「ないですよ」
「は?シングルじゃねえの」
「ダブルにしました、別々にとるよりかえって安上がりですし。経費は節約しなきゃいけませんもんね」
しくじった、コイツに手続きをまかせるんじゃなかった。
後悔先に立たず、薫は鼻歌でも唄いかねない様子でルームキーを差し込んで回す。
ゆっくり開かれたドアの向こうには、壁紙がヤニで汚れた殺風景な部屋が控えていた。小さい冷蔵庫も付いている。ベッドにはスタンドが据え置かれ、書き物ができる机もあった。
ためしに窓のカーテンをめくってみれば、大動脈から枝分かれした毛細血管さながら大阪の交通網が延びている。
「先にシャワー浴びます?」
「お前に譲る」
右のベッドに胡坐をかき、手の甲でそっけなく追い立てる。
「昼間のインタビューざっとまとめときたい」
「じゃあ買い出し行ってきます。近くにコンビニあったし……十分位で戻りますね」
「ああ、わかった」
再びうざったげに手を振る。上の空で返事をする横顔はシャープに研ぎ澄まされていた。集中力を高めている証拠だ。
シーツに寝かせたスマホを操作し、録音済みのインタビュー音声を再生する。一呼吸おいて流れてきたのは和美の憔悴しきった声音だ。
『春人には幸せになってほしかった。はみだしてほしくなかった』
早送り。
『春人は、私の子は殺されて当然なんかやない。あの子が死ななあかんかったのは理不尽や』
一時停止。また頭から聞き直す。
愛用のノートパソコンを立てて開き、インタビューの気になる箇所をメモしていく。
戯れに覗き込んだ所、遊輔の雑感や疑問点が事細かに記されていた。
『春人はパパ活常習犯。犯人は顔見知り?』『和美、春人の東京の知人を知らず』『アルバムは中高二冊。保存状態良好』『好物はいちごのショートケーキ 丸いケーキは特別』『ジャンプ系の少年漫画が好き 整理整頓は苦手なタイプ』
散弾銃のような勢いで打鍵し、今日仕入れた情報をふるいにかけ、思考の整理と並行しながら間宮春人の本質に迫っていく。
「よくあの状況で本棚まで見てましたね」
「観察眼にゃ自信あっから」
和美には予め録音の許可をとってある。遊輔の邪魔をしちゃいけないと気遣い、極力音をたてずに出ていく。
部屋にひとり残された遊輔は無心にキーを叩く。
ゆるやかに唇をなぞり、適宜巻き戻し・早送り・一時停止し、インタビューの要点を打ち込む。
骨ばった手があざやかに動き、センセーショナルな文字列を打ち込む。
『未婚の母(42)が語る!息子は怪物に殺された……二丁目で暗躍する殺人鬼、フェアリー・フェラーの恐るべき凶行』
DEL
『あれから一年……パパ活青年の実母が初めて明かす胸の裡、記者に語る本音とは』
DEL
『ダークウェブ拡散中!ネットに出回るスナッフフィルムの被写体は一年前の猟奇殺人の被害者か、総力を挙げて追跡。凶器は拷問具、苦悩の梨』
DEL
「センスねえ」
ノーパソを叩き閉め、両手を広げてベッドに横たわる。
和美に言ったことは真っ赤な嘘だ。現状、どの週刊誌も間宮春人殺害事件の特集など組んでない。
悲劇には旬がある。
惨劇はなおさら。
今さら一年前の事件を取り上げたところで、誰が注目するというのだろうか。
世間の興味関心はすぐ次に移り変わり、どんな惨たらしい事件や事故も記憶のウォータースライダーに押し流されていく。
「他人の不幸は流し見に手頃だもんな」
虚脱感と無力感に沈んで寝転び、斜にした腕で顔をさえぎる。ドアが開く音と気配に続き、ビニール袋が耳元でかさ付く。
「飲みますか」
頬に冷たい感触。
腹筋の反動で起き上がり、薫の手からひったくった缶ビールをがぶ飲みする。
薫は左のベッドに掛けてプルトップを引く。
「卒アル手に入れるだけなら地元まで来る事なかったのに。ネットで同級生さがして、お金を払えば良かったんです」
「お袋さんの話聞いたろ、あーゆーこまっけえエピソードの積み重ねが説得力を持たすんだよ」
「気分転換にはなりましたけどね。俺の仕事はスーパーコンピューターがなくてもできます、これで国防省のセキュリティ突破しろって言われたらさすがに無理ですが」
不敵にほくそ笑み、ベッドに置いたホットドッグステッカー付きPCを見詰める。
「本体もパソコンもスペック高すぎて嫌味」
ほの赤い顔でビールを呷り不機嫌にげっぷ。薫が苦笑いする。
「和美さんをだまし討ちしたこと悔やんでます?らしくないじゃないですか、フェイクニュースの達人が。今まで量産してきた作り話思い出してくださいよ」
「るっせえ」
和美が来る日も来る日も本屋に通い、すみずみまで週刊誌をチェックする様を思い描くといたたまれない。
豪快にビールを干し、空き缶を床に投げ付ける。
足元ではねた空き缶を一瞥、体温を伴わない笑顔で薫が口を開く。
「間宮和美をどうおもいました」
「ザ・おかん。顔色悪けりゃ他人のガキだろうが遠慮なく飴玉ねじこんでくるタイプ、しかもべっこうあめか塩飴の二択」
「解像度高い」
「お前は?」
「母親ですね。良くも悪くも普通の」
それ以上が答えずビールを啜り、次の質問に移る。
「間宮春人はどうおもいました」
「尻軽」
「ばっさり斬りますね」
「写真の印象通りイマドキの軽薄な若者って感じだな。パパ活は趣味と実益を兼ねた天職」
「ほぼ同意見ですね。間宮春人は好みの男にホイホイ付いてくタイプと見て間違いありません」
「親父好きだったみてえだな」
「ファザコンと結び付けるのは短絡ですよ。その傾向が多かれ少なかれあったのは否定しませんが」
薫が缶ビールをサイドテーブルにおき、春人の中学時代の卒アルをめくっていく。
遊輔も手持ち無沙汰になり、酒臭いしゃっくりを合間に挟み、高校時代の卒アルと睨めっこをはじめる。
薫がポツリと呟く。
「一人で写ってる写真が多い」
「はみだしものってか」
「早く地元を出たがった気持ちもわかるな、何もない所でしたもん」
「お袋さんにもろくに連絡よこさなかったんだろ」
「別れ方が別れ方ですし、あの年頃の子は簡単には割り切れませんよ」
「かっこ付けたい年頃ってヤツね」
ふたり向き合い故人の卒業アルバムを読む。
静かな部屋に空調とページをめくる音だけが響き、大阪の夜が更けていく。
「はは」
薫が乾いた笑いをもらす。
即座に顔を上げる。
「見てください、間宮春人の将来の夢」
クラス別名簿の次ページ、卒業生たちの将来の夢が記されたページには、下手くそな字で春人の野望が書かれてあった。
「有名人」
「ユーチューバーじゃないだけマシかな」
「自虐ネタはよせ」
皮肉な事に、春人は自らの命と引き換えに願いを叶えたともいえた。しかし世間が記憶しているのは猟奇殺人の被害者、フェアリー・フェラーの犠牲者としてで、たった四文字の本名を覚えている人間は少ない。
「春生まれだから心の温かい優しい人になってほしくて春人って付けたって、和美さん言ってましたね」
覚えている。
息子の名前の由来を告白したのち、和美は「季節の名前なんか付けたから早死にしたんや」と悔やんでいた。
『春なんてあっというまに終わってまうのに。せめて夏にしとけばよかった』
個人写真に投じた眼差しが鬱屈によどむ。
高校の卒業アルバムには、反抗期真っ只中の春人の仏頂面がおさめられていた。
間宮春人は若く愚かで母親想いの優しい青年だった。
薫が丁寧な手付きで表紙を閉じ、瞠目して喪に服す。
遊輔は線香代わりに新しい煙草を点け、間違っても卒アルに焦げ目が付かないように、空き缶のてっぺんにひっけかけておいた。
その後は各々のパソコンに向かい作業にのめりこむ。
遊輔は書き物、薫はダークウェブに潜り情報収集、右と左のベッドに別れ、遊輔は行儀悪く胡坐をかき、薫はだらけて寝そべり、それぞれのやり方でフェアリー・フェラーを調べ上げる。
夜九時頃、薫はシャワーを浴びた。
真鍮のコックをひねると温かい湯がほとばしり、頭のてっぺんから爪先まで心地よく濡らす。
仄白い蒸気に包まれ、一日の疲れと汚れを洗い流して出てくると、遊輔がパソコンを閉じてまどろんでいた。
「また眼鏡かけたまま」
「起きてる~」
「半分寝てるじゃないですか」
新しいシャツとズボンに着替え、遊輔が寝転んだ右のベッドの端っこに腰掛ける。
「服、皺になっちゃいますよ。上だけでも脱いでください」
肩を叩いて促す。しぶしぶ背広を脱ぎ、横で待ち構える薫に放ってよこす。
寝返りを打った拍子に片方イヤホンが外れ、ぼそぼそした和美の声が漏れてきた。
「これ聞きながら書いてたんですか」
「寝てても思い出せるように」
「遊輔さんって本当」
「言えよ、途中でやめると気になんじゃん」
「マスコミに向いてませんね」
記者には割り切りとタフさが求められる。一方遊輔は取材対象に感情移入しすぎて危うい。
「当たり前だろ。俺はマスゴミ代表だ」
口角を上げて自嘲する。
「だからゴミにしかできねえ汚れ仕事をやる」
「ゴミみたいな仕事なんてありません。ゴミのような人間がいるだけです」
最初に会った日も同じことを言った。
自暴自棄の遊輔を詭弁で諭し、見事に言いくるめ、半ば強引にバディを組んだ。
そんなことをすればこの人が破滅するのはわかっていたのに、一緒にいてほしいと望んでしまった。
地獄に落ちる時にそばにいてほしいと願ってしまった。
エゴイズムのかたまりの罪深さを自覚し、胸が鈍く疼く。
遊輔が寝ぼけているのを幸いと乗り出し、添い寝する形でせがむ。
「お話してくださいよ、遊輔さん」
「今日はパス。くたびれた」
「いやです」
「なんで毎回毎回おねだりするわけ?俺の話なんか聞いたって面白くねえだろ」
「遊輔さんの話をツマらないなんて思ったこと一度もありません」
「胸糞で滅入る話っきゃできねーぞ」
「受けて立ちます」
口を開けてから閉じ、かぶりを振って雑念を散らす。
「やっぱなし。気分が沈む」
「話せば胸の閊えがとれますよ。好きなように使ってください」
「寝る前にどん底まで落ち込みたくねェ」
人さし指をちょいちょい曲げて薫を招く。
言われたとおり顔を寄せる。
「直れ。最高に為になる話をしてやる」
期待に満ちた顔で正座する薫。
「まずはパチンコの仕組みの説明。そもそもパチンコ台ってのはハンドル回して玉を打ち出す機械で、台のへそに銀玉がインすりゃ大当たり。台にはそれぞれそ当選確率があって、コイツにそって抽選が行われる。はずれたら最初に戻る、延々このループなのよ、めっちゃ単純だろ?パチンコ台はただ確率通りに抽選している機械ってのを忘れんな、派手な演出にごまかされると痛い目見んぞ、俺も若い頃」
「なんでパチンコ必勝講座?」
遊輔の饒舌は止まらない。酒臭い息を吐いてがぶりより、呂律の回らない口調で熱弁する。ただでさえ剣呑な三白眼は完全に据わっていた。
「パチンコボーダー理論を頭に叩き込め、そうすりゃ勝てる。出玉にまどわされんな、ボーダーと交換率の関係を見極めるんだ」
「なるほど……勉強になりました」
「ほらその顔、くっそツマんねーって腹ん中で思ってやがる!せっかく教えてやったのに萎えたわ~」
「遊輔さんの人生ってパチンコしか楽しいことないんですか?」
「競馬・競艇・麻雀・女」
「ギャンブラーとヒモのサラブレッドなんてクズまっしぐらじゃないですか」
指折り数えて楽しいものさがしをする遊輔の瞼がだんだんたれてきた。
そのまま横に倒れて不貞寝をきめこむ。
「どうせ俺はギャンブルと女っきゃ人生の楽しみがねー虚しい男だよ、履歴書の趣味特技欄に盲牌って書いて失笑買ったよ」
「素直にすごいと思いますけどそれは」
「お前が話せ、薫」
「え?」
うっすら片目を開け、してやったりとほくそえむ。
「よく寝れそうな面白ェ話を頼む」
「……大人げないなあ。俺にお話作りの才能なんかないですよ、それは遊輔さんの専売」
「お前に言ったのは全部実話。作ってねえし盛ってねえ」
風祭遊輔の正体がただのウソツキだと知る薫には、わざわざ作り話などする必要ない。
しんどい時に虚勢を張らずにすむのはとても楽だ。
眼鏡の奥の目を細めて挑発し、夜ふかし好きな悪ガキみたいに甘える。
「お話聞かせてくれ」
恩人の頼みは断れない。
リクエストをよく咀嚼し、再びベッドの際に腰掛ける。
「なんでもいいんですね」
「まかせる。でもまあ、最後にすかっとできんのがいいな。バッドエンドは現実だけでたくさんだ」
窓に引いたカーテンに視線を固定し、深呼吸を経てくちびるを湿し、淡々と話し始める。
「ある森の奥に恐ろしい怪物が住んでいました。その怪物はとても素早く動き回り、かと思えば首を自由自在に伸ばし、すかさず獲物を捕らえる燻り狂った顎を持っていると噂されていました。ところがひとびとは誰一人怪物の正体を知りません。王様は怪物がいっぱいいることをほのめかしました。それは群れで行動するのです。群にして個、個にして群。ひとびとは謎の怪物をバンダースナッチと名付けて恐れました」
昔読んだ児童書の記述を反芻、付け加える。
「バンダースナッチには弱点がありました。それは時間です。王様は言いました。『時間というものは恐ろしく速く飛び去る、一分間を捕まえるより一匹のバンダースナッチを押しとどめるほうがまだ楽だ』」
規則正しい寝息が聞こえてきた。
構わず続ける。
「バンダースナッチは名前のない群れ、物を考える頭を持ちません。あるのは素早くキーを打ちマウスを操る手、ボーダーラインを跨いで闇に堕ちる危険な好奇心、獲物を捕らえてずたずたに噛み裂く透明な牙の悪意だけ。一匹一匹は無力で無害な生き物でも、たくさん集まると怪物に変わってしまうのです」
白くきめ細かい手で遊輔の頬を包む。
「だけど時間には勝てない。一分間にさえ勝てないんだ」
薫も遊輔と同じだ。
バンダースナッチの活動を続けるうちに、楽しい話とやらをさっぱり思い付けなくなってしまった。
「結局バンダースナッチを捕まえることは誰にもできず、時間に負けて名前を剥ぎ取られた怪物は森の奥に消えてしまいました。おしまい」
山もオチもない不条理な話を結び、照れ臭げにはにかむ。
「やっぱりうまくいかないや。遊輔さんは作り話の天才ですね」
この人は神様みたいなひとだ。
この人の記事で百人が不幸になっても俺一人は救われた。
なのに何故卑下するのか、ゴミだなんて自虐するのか。
「あなたがゴミだっていうなら、ゴミに救ってもらった俺もゴミじゃないですか」
我慢できない。
どうしようもなく欲望が昂り、衝動的に指の背に接吻する。
遊輔さんの手。
たくさんの人を滅ぼし、ある時は救ってきた手。
パソコンをブラインドタッチする指が好きだ。ネクタイを締めて緩める指が好きだ。眼鏡を押し上げる手が指が好きだ。
活字を組んで生かすも殺すも自由にしてきた、神様みたいなあなたの手が好きだ。
活字はそれ単体じゃただの記号なのに、組み合わせれば単語や文章となり意味が生まれる。
「遊輔さん」
切なげに呼びチュッチュッと吸い立てる。
指の背にキスするだけじゃ足りず、遂には人さし指の先端を咥え、上下の唇で柔く食む。
遊輔の手は少し荒れて骨ばっていた。指は長さと関節のバランスが絶妙でいかにも器用そうな感じがする。
女を喜ばせるのに向いてそうな手だと思い、厄介な嫉妬が燻る。
「ん……」
執拗に吸い立てしゃぶり付き、技巧と情熱を掛け合わせた指フェラで煽っていく。
さらにはてのひらを開いたまま固定し、中央の窪みに熱い唇を押し付ける。
「っぁ、ぅぁ」
「感じてるんですか」
まだ起きない。次第に大胆になる。
人間は酔うとムラムラしやすくなるが、反対に勃起や射精はしにくくなる。
するとどうなるか。
とろ火で炙られるような生ぬるい快感が延々続き、普段外気にさらされない指の股さえ性感帯に置き換わり、少しの刺激で体が疼く。
「っ、は」
指と手に広がるむず付きがじりじり性感を高め、半開きの口が粘っこい唾液の糸引き、シーツを蹴立てる足が悩ましい痙攣を起こす。
「顔見せて」
しどけなくばらけた前髪の下、傾いだ眼鏡を辛うじて鼻梁にひっかけた顔が快感に茹だる。
「吐息だけで喘ぐんですね」
もっともっと声を上げさせたい。
隣に聞こえる位喘がせたい。
頭の片隅の理性がけたたましい警報を発し、指一本一本に奉仕しながら跪く。
「可愛い」
めちゃくちゃにしたい。
めちゃくちゃにしてほしい。
だけどできない、この人を汚せない。
キーの叩きすぎで固く張り出た手首の瘤に口付け、裏返した手を両手で捧げ持ち、崇拝にまで高じた熱狂を込めて頬ずりする。
「は、ッは」
やめられない。
止められない。
普段は寝室の写真を見ながら自慰に耽るのがせいぜいだが、ここに本物がいる。
ズボンの内側に手が忍び、蒸れた下着の中に潜り、勃起したペニスをしごきたてる。
「ぅっ、ぐ」
眉に皺を刻んで呻く遊輔。ズボンの股間が苦しげに突っ張っている……指フェラに興奮しているのだ。
羞恥と混乱が綯い交ぜになった顔は艶っぽく、シャツの隙間から覗く素肌がしっとり汗ばむ。
切羽詰まって薬指を甘噛みする、小指を根元まで含んで吸い転がす、人さし指の先端をちゅぱちゅぱ出し入れする。
「ッは、くすぐった……」
もどかしげに身をよじるのを逃がさず胴を跨いで膝立ち、仰け反る喉仏にキスをする。
「ぁっ、はあ」
「手、感じやすいんですね。ちょっと可愛がってあげただで股間が固くなって」
遊輔さん。遊輔さん。遊輔さん。胸の内で激情が渦巻き、狂気と紙一重の執着が募り行く。
薫は手フェチじゃない。遊輔だけが例外だ。あなたの手は特別なんだ。
ズボンの膨らみに注意深く手を添え、生地越しにゆるゆる逆なでする。
陰茎をなぞる軽い刺激に身悶え、じれったげに腰を上擦らせていく。
「ッ~~~~~~~~~~~~~~~~~!」
ここには遊輔と薫しかいない。勢い任せに抱いたところで誰も……
『ベッドに行ってなさい、薫』
夜のベランダにたたずむ背中がフラッシュバック、情熱的な前戯が途切れる。
「あ……」
我に返って見下ろし、愕然とする。
遊輔はシャツの合わせ目をはだけ、事後と誤解されかねない姿態で胸を喘がせていた。
髪と肌は汗でしっとり湿り、煮え切らないもどかしさと快感に苛まれた顔は弛緩しきっていた。薫が噛んだ指には赤い歯型が浮き、先端から根元にかけしっぽり濡れそぼっている。
小刻みに震える手で遊輔の服を直し、見苦しくない程度に整え、逃げるように部屋を後にする。
「何やってんだ。正気かよ」
情緒不安定な独り言を吐き出し、誘蛾灯さながら軽薄なネオンを塗した夜の街へ赴く。
シングルじゃなくダブルをとったのは、その方が打ち合わせしやすいと思ったから。
下心がないとは言わないがあるとしてもそれは寝顔が見たいとか寝る前に話を聞かせてほしいとか健全な欲求だったはずで、アレはいくらなんでも行きすぎだ。
「手だけ。セーフ。ばれてない、まだイケる」
大体酔っ払った遊輔が無防備でエロすぎるのが悪い、あの人はもっと自分の色気を知るべきだ。
「!しくった、写真」
薫としたことが、部屋を出る前に写真を撮り忘れた。罪悪感と悔しさに性欲の残り火がごちゃ混ぜになり、スマホで適当な店を検索する。
いま部屋に帰ったら遊輔の貞操が危ない。どこかで火照りを冷まさなければ。
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