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第14話
猫に手をなめられる夢を見た。
てのひらを舐め回すざらざらした舌の感触は、元カノが飼っていたデブ猫の記憶に結び付く。元カノが働きに出ている間、半ばヒモ状態の遊輔が面倒を見ていたのだ。ヤツもまた畜生のご多分にもれず末期のチュール中毒で、袋の切り口から搾りだされるペーストが大好物だった。
前に一回パチンコでとったシーチキン缶を分けてやったら、まなじり吊り上げた元カノにマジギレされた。
『信じらんない、パチンコの景品なんかあげたらお腹壊すでしょ』
『賞味期限は切れてねェよ』
『この子は遊輔と違って箱入り娘なの』
『俺の育ちが悪いってのか』
『うん』
『ぐうのねもでねえ』
しかたないので一人で食った。醤油を数滴たらすと絶品。台所に立ちっぱでシーチキン缶を突付く遊輔をよそに、元カノと猫は仲良くじゃれあっていた。
遊輔にはちっとも懐かない、塩対応の猫だった。
ご主人様と居候を見分ける野生の勘が冴えてたのか、気まぐれになでようとすれば毛を逆立てすっとんでいき、そのくせ寝てる時にこっそり近付いて鼻や手を齧り、顔面に毛玉を吐きやがるのだからたまらない。四股ばれして部屋を叩き出されたきり会ってないが、今も元気にやってるのだろうか。
「ん……」
熱く柔い舌が指の股にチラ付く。
随分懐っこい猫だ。それとも何か、指にシーチキンの汁でも付いてやがんのか。
嗅いでみたいがそれも無理、そもそも腕が上がんねえ。遊輔は泥酔していた。
発情でもしたかのように猫が息を荒げる。
指の表面とてのひらの窪みに吐息の湿り気を感じる。
尖る。窄まる。舌先が器用に踊り、先端から根元にかけ大胆に含んで捏ね回す。かと思えば五本の指をこじ開け、てのひらの隅々まで暴き立てられ、妙な感覚が芽生える。
「ッぁ、くふ」
熱い。
気持ち悪ィ。
一体何が起きてんだ?
射精欲によく似たまだるっこしい熱が下半身を苛む。なめらかな舌が手に唾液をまぶし、しとどに濡れそぼらせていく。
|な《・》|め《・》|ら《・》|か《・》|な《・》?
やっぱりおかしい、猫の舌ならもっとざらざらしてやすりがけされてるみてえに感じるはず。
「ぁ、ふ」
腹の上にでかい猫がのっかってる。いや、犬?待てよおいなんでビジネスホテルに犬がいるんだ、薫のアホが拾ってきやがったのか。
夢と現実の区別が付かず朦朧とする。
思考力の低下に伴い四肢の力を抜き、めくるめく快楽に身を委ねる。
ズボンの前が苦しい。
勃ってきた。
誰かが名前を呼んでいる。
遊輔さん遊輔さんと連呼している。
けだるさに抗い薄っすら目を開ければ、思い詰めた表情の薫が覆いかぶさっていた。
「お前が?」
見下ろす顔が切なげに歪む。
「どうして俺の手」
一呼吸おき、薫は言った。
「忘れたんですか。あなたの手が、俺と俺の家族の人生をめちゃくちゃにしたんですよ」
眼差しに宿る憎悪と執着、あるいは復讐の決意。
薫の手がボタンを外しシャツをはだけ、しっとり汗ばんだ遊輔の首元に移動する。
「あなたが虚栄心と出世欲に駆られて書いたくだらない捏造記事が、俳優・|蓮見尊《はすみたける》を終わらせたんです」
蓮見尊……忘れもしない、自分が殺した男の名前。富樫薫こと旧姓蓮見薫の実父の名前でもある。
「教えてくださいよ遊輔さん。この手を使って何人破滅に追い込んできたんですか、何人自殺させたんですか」
「自殺したのは一人。お前の親父だけ」
「開き直るんですか。最低ですね」
侮蔑の表情で吐き捨て、頸動脈に擬した手の圧を強める。
「ずっとずっと考えてました、遊輔さんの寝込みを襲って何もかもめちゃくちゃにできたらどんなに気分いいだろうなって」
狂気に浮かされた言葉を紡ぎ、遊輔の右手を恭しく捧げ持ち、人さし指の背を噛む。
「遊輔さんの指、色っぽい」
「よく言われるよ」
「元カノにも?」
「すけこましに向いてるんだと。顔よりほめられた回数多い位」
「長さと形のバランス絶妙ですね。長すぎず細すぎず骨ばって、ストイックな指の節と手の甲に浮いた血管がそそるし、中指と人さし指に挟んだ煙草の傾きも様になる。肌荒れが痛々しくて、ちょっと神経質な感じがまたいい」
「どうも」
見ている前で指を甘噛みされた。存在すら知らなかった性感帯を開発され、変な声が出そうになる。
それから遊輔のてのひらにうっとり頬ずりし、驚くべき提案をした。
「ゲームをしませんか」
薫が酷薄に微笑み、ベッドの上に一冊のファイルを投げ出す。落下の拍子に開かれたページには、ラブホテルから出てくる男女の写真が掲載されていた。
遊輔の記名記事を集めたスクラップブック。
「俺が犯してるあいだ自分の記事を読み上げてください。突っかえたらもっと酷いことします」
聞き間違いかと思った。
そうあってほしいと祈った。
「一度も間違えず読み通せたらレイプだけで許してあげます」
「だけって、冗談キッツイぜ。野郎同士でも強姦は傷害罪相当だぞ」
「遊輔さんにはもっと辛いことがあるでしょ」
口の片端が微痙攣の発作を起こし、笑顔が強張る。
目の前の薫は別人に見えた。いや、こっちが本性か?ずっと欺かれていたのか、だとしたら大した演技派だ。
ベッドに押し倒された姿勢からドアを仰ぐ遊輔を、悠然と構えて唆す。
「助けを呼びたいならご自由に、運が良ければ従業員が駆け付けてくれるかもしれません。でも遊輔さん変にプライド高いから、年下の男にヤられてる所なんて見られたくないんじゃないですか?ていうかよく考えてもみてくださいよ、フロントで鍵受け取ったのは俺ですよ。ダブルでお願いしたんだから最初っからそーゆー仲だって思うでしょ、誰がゲイカップルの修羅場に好んで首突っ込みたがるっていうんですか」
「!ぁぐ、」
後ろ髪を掴んで無理矢理引き起こす。薫らしからぬ暴力的な振る舞いに戸惑いが募り、強い違和感が働く。
ていうか、「らしくもない」ってなんだ?
たった二年かそこらの付き合いで、どこまでコイツの本性知ってるっていうんだよ。
斜めにずれた眼鏡が視界をぼかす。薫の胸が背中に密着し、力ずくで腰を引き上げる。
「酔っ払ってんなら顔洗ってこい」
「こんな事される心当たりはないとでも言いたげですね。むしろ腐るほどあるでしょ」
「本気で人呼ぶぞ」
「俺が逮捕されたら迫真の記事が書けますね。タイトルはこんな感じかな、『故・蓮見尊の息子がビジネスホテルで知人に性的暴行 被害者が語る赤裸々な一夜の記録』」
「ッ……」
唇を噛む。
「どうしたんですか、今まで何人何十人も事件の被害者や遺族にインタビューしてきたでしょ?今日だって和美さんの傷を抉ってきたじゃないですか。他人のかさぶたを剥がしてほじくり返すのがあなた達マスゴミの仕事でしょ、自分だけ安全圏で騙るのはフェアじゃないですよ、ちゃんと俺達の所まで下りてきてくださいよ」
あなたが作り出した地獄じゃないですか遊輔さん、他人行儀に目を背けないでくださいよ。
押しのけようにもアルコールが血液に乗じ全身に回り、手足に力が入らない。
酩酊感と虚脱感が思考力を奪い、部屋全体が抽象画の具現のようにぐんにゃり歪曲する。
頭皮が剥がれる激痛に意地と根性だけで抗い、眼光鋭く睨み付ける。
薫は涼しげに笑いながら遊輔のベルトを外し、ズボンと下着を脱がす。
外気に晒された尻が粟立ち、綴じた窄まりに怒張があてがわれる。
「力抜いてください」
「!ぁッ、が」
衝撃に息が止まり、脳裏が真っ赤に爆ぜる。
「こっちは初めてですよね」
「気色わる、何」
逃げる腰を掴んで抽送開始。一切ならしもほぐしもせず、排泄の用しか足してこなかった肛門に赤黒く勃起したペニスを突っ込んで動きだす。
「ぁっ、痛っぐ、よせふざけっ、あぁあっあ薫ッ、抜けっ無理いてっ、ぃ゛ッ゛あ」
「すごい締まる」
串刺しにされた下肢から筆舌尽くし難い激痛が散り裂く、肛門が切れてシーツに血が滴る、全身の毛穴が開いて一気に汗が噴き出す、抽送の都度ベッドが軋んで弾む、天井が回り部屋が回り上と下がぐるぐる入れ替わる。
前立腺を裏漉しされるたび脊髄から脳天へ電撃に似た快感が駆け抜け、萎えたペニスがもたげていく。
「ぁ゛っ、ぐっ、やめ」
苦しみ喘ぐ遊輔の顔の横に放られたスマホから、和美のインタビュー音声が流れ出す。
『春人には幸せになってほしかった。はみだしてほしくなかった』
『春人は、私の子は殺されて当然なんかやない。あの子が死ななあかんかったのは理不尽や』
「止めろ」
薫がスマホに挿しっぱなしのイヤホンを拾い、後ろから耳にねじこんできた。
外れないように奥までしっかりと嵌めこみ、スマホのボリュームを上げていく。
「失礼しました、これじゃせっかくの喘ぎ声が聞こえませんもんね」
「~~~~~~~~~~~~~~ッ」
大音量で響く和美の声。耳が痛い。頭が割れそうだ。
「自分が録ったインタビュー聞きながら犯されるのってどんな気持ちですか。興奮しますか」
「ボリューム下げろ、鼓膜が破ける!」
「他に言うことあるでしょ」
うるさいだまれほっといてくれ。
鼓膜を絶えず苛む声が遊輔を激しくなじり責め立てる、お前がやってる事は不公平で理不尽だと世間を代表して批判する、その間も凌辱は継続され腰に杭が叩き込まれる、情けない恥ずかしい蒸発したいと願えど叶わず惨めに這いずる。
「約束ですよ。読んでください」
顔の下にスクラップブックが開かれていた。
「ンな状態でッ、ぁぐ、読めるわけね」
「できるでしょ。覚えてるでしょ。自分が書いた文章なんだから一字一句暗記してるはず」
「無茶いうな、っ゛~~~~~~~~~~ッ」
体内に挿入されたペニスが膨らみ、前立腺を一際強く擦り立てる。仕方なく顔を上げ、戦慄く肘だけで這いずり、過去に書いた記事を読み上げていく。
「人気俳優・蓮見尊、未成年と不倫か?夫&父親にしたい俳優№1、愛妻家の素顔を暴く。7月8日未明、新宿歌舞伎町のラブホテルから一組の男女がチェックアウトする瞬間を本誌記者が激写した」
「続けて」
「……男性の名前は蓮見尊、複数のドラマ・バラエティ・映画に出演してきた俳優で……ッは、昨年は日本アカデミー賞助演男優賞を獲得し、ぁぐっ」
呂律が回らない。
大粒の汗が滴り、スクラップブックのビニールシートを滑っていく。
「~~~~~~~~~~ッぁ」
また来た。
強く深く体奥を突かれ、思いきり仰け反って突っ伏す。
「自分の記事の上で強姦される気分ってぶっちゃけどうですか、高揚します?中、めちゃくちゃ締まってますよ」
「ぬ、け、頼む、かはっ」
ぐったりした手をとり、点字を読ませるように記事の文章を辿らせていく。
「続きは読まないんですか。見かけによらず怜悧で洞察力に溢れた文章書くってその筋じゃ評判でしたよね、俺も遊輔さんの記事好きですよ、着眼点が鋭いんですよね」
躁的に饒舌な声が遠く近く渦巻く、振り回した手が当たり別の動画に飛ぶ。
「もっと声張って。滑舌良く」
「ぐ……」
春人のスナッフフィルムがボリューム最大で再生され、苦痛に満ち満ちた断末魔が耳を犯す。
「さあ、続きを」
奥歯をぎりぎり噛み締め、脂汗が流れ込んで霞む目をこらし、呻き声を絞りだす。
「蓮見薫は東京都世田谷区生まれ、現在四十三歳……ッは、代表作は藤谷美也子脚本の連続ドラマ『パラソル』、朝の連続テレビ小説『ひとひら』他多数。芸能界では家庭を大事にする愛妻家として知られ、ぁぐ」
息を整える暇さえ与えず再開。
「不倫スキャンダルが取り沙汰されるのは初めて、で……ッぐ、しかも相手は未成年ッ、はッ待、動かすッ、な、やめキツ、買春も疑われ、んん゛っ」
意地悪くうなじを噛んで気を散らす。
「だらしないなあ、ちゃんとできなきゃ何度だってやり直させますよ。買春を疑われて?それからどうしたんですか」
直腸に埋まったペニスが鼓動に合わせて脈打ち、引き締まった腹筋がひくひく痙攣する。
辛うじて口を覆った手が吐息に湿り、ぜーぜーと間延びした呼気が響く。
「ホテルから出てきた蓮見氏は、っぐ、薫そこ、待ち伏せていた本誌記者の取材に、ふッぐ奥当たッ、ン゛っン゛っノーコメントを通し、ざけんな抜けよくそったれ!!」
レンズが曇った眼鏡が傾いでずり落ち、ただでさえ近眼の視界が不鮮明にぼやける。
「~~~~~~~~ぃ゛ッぐ、逃げるようにタクシーに乗り込んッ、で、~~~~~~~~~ッ゛~~~~~~~~~~~~」
残忍な手が腰を引き立て固定し、首や肩の薄い皮膚や耳たぶを吸い、ストローク長く突きまくる。
「息継ぎが多い。ちゃんと記事と見比べてください、そんなに読点と濁点多くないでしょ。全然駄目、やり直し」
「妻子が待っ、家に帰、ッふぁ」
瞬きで汗を追い出し続けようとあがくも、虚勢をひっぺがされ喘ぎ声しか出ない。
「げほげほっ!」
飲み干しきれない唾液の逆流に咽せ、前のめりに倒れ込むのすら許さず、裾から覗く脇腹をまさぐる。
「言えてません」
「ッは……はあ……」
「手、食い破る気ですか?力みすぎて顎が強張ってる」
悔しさと恥ずかしさ、それを上回る快感に息を切らし、自分の汗でぬめるスクラップブックのページをぐしゃぐしゃに握り潰す。
「俺のコレクションめちゃくちゃにしないでください、読み返せないじゃないですか」
無我夢中で握りこんだページの皺を丁寧に均し、やんわり粗相を叱る。
忌まわしい記憶の洪水が堰を切り、ショッキングな情景を呼び起こす。
フラッシュを焚かれた瞬間の表情、コンビニや書店に並ぶ週刊誌の最新号、そして―……
「許してくれ……」
俺が悪かった。
息も絶え絶えにか細く乞えば、薫の手が右手の指の股に食い込み、強く強く締め上げる。
「許しません」
おもむろに遊輔の右手人さし指を握りこむ。
「よく撓りますね」
「~~~~~~~~~~ぁあ゛ッ」
逆方向に曲がる指に壮絶な痛みが走り、大量の脂汗が噴き出す。
「人さし指の次はどれにします?中指、薬指、小指、親指……時間をかけて折っていきましょうか」
「やめ、ばか」
「可哀想に、ペンが持てなくなっちゃいますね。スマホやパソコンキーも打てなくなる」
ゆっくりと容赦なく人さし指を反らせていく。薫は遊輔の痛みに欲情していた。
「右手が終わったら左手もいきます。あなたの指を全部折って、二度とくだらない記事なんか書けない体にしてあげますよ」
「小便する時どうすりゃいいんだよ」
「代わりにやります」
「ジッパー下げて引っ張りだすとこから?」
「お望みならね」
駄目だコイツ、完全にイカレてやがる。指の前に心が折れ、凄まじい激痛に脳裏が燃え上がる。
「暴れるなら先に爪を剥がします。道具がないから乱暴なやり方になっちゃいますが」
「~~~~~~~~~痛ッ、ぐ、ぁあ」
叫ぶ。抵抗する。体が勝手に跳ね回る。せめて中に入ってるもん抜いてくれ、悪趣味な動画を止めてくれ!
被虐の極みの快楽と暴力的な痛みを同時に注ぎ込まれ、脳味噌が沸騰する。
霞む視界で春人が犯されている、フェアリー・フェラーに嬲り殺しにされている、三半規管を攪拌する悲鳴と喘ぎ声をお伽の樵の入神の一撃が打ち消す、薫が遊輔の指を限界ギリギリまで反らし肉の楔を打ち込む、筋繊維が断裂する痛みに生理的な涙が迸り頬を濡らす、薫がこりずに腰を引き立て囁く。
「遊輔さん、結構マゾ入ってますよね。指折られかけて勃っちゃうひとなんて真性ドMでもないかぎりそうそういないですよ、見てくださいよほら、こんなに滴って……俺の手とシーツがびしょ濡れじゃないですか。それともエグい動画に興奮してるんですか、どっちにしろ最低だけど」
「薫、ッは」
「なんですか」
「指、は、やめてくれ、っふ、ぁぐ、まだ原稿残、ッ~~~~~!」
痛い。気持ちいい。体がどうかしちまった。
痛覚と性感帯がドロドロに溶け合い、スクラップブックのページを握り締める。
薫が複雑そうな表情を浮かべ、遊輔の人さし指をおもいきり捩じる。
そこで目が覚めた。
遊輔はビジネスホテルの一室、ベッドの上に寝ていた。薫はいない。枕元のデジタル時計は午前2時をさしている。
「……二段構えの夢オチときたか。気合入ってんじゃねえの」
ずっとうなされていたらしい。口直しに煙草を喫い、手の震えに気付いて苦笑いをこぼす。
そこでふと人さし指の根元に目が行き、息を飲む。夢の再現さながら薄赤い歯型が浮いていた。
ベッドに放置されたスマホは和美のインタビューを自動再生していた。就寝中に手が当たりでもしたらしい。
即座に止める。
「変態かよ俺は」
夢の中で相棒にレイプされた。
のみならず、商売道具の指をへし折られそうになった。
「あの動画のせいだ」
だけどもし、アレが薫の本音なら?
薫が遊輔を殺したいほど憎み、父親の復讐を企てていたのなら……。
馬鹿げた考えをかぶりを振って追い払い、苛立たしげに煙草を揉み消す。
遊輔はノンケだ。女を抱いた経験は数あれど抱かれた経験は皆無、男に性的興味もない。
なのになんで、ふざけた夢で薫にレイプされて勃ってるんだ?
「動画と指折りプレイはくだらねえ罪悪感の産物として、薫とヤるとかねーだろ。たしかに綺麗な顔してるし頑張りゃ抱けっかもしれねーけど、俺が下とかありえねー」
夢分析を突き詰めるほど鬱になり、あちこち跳ねた寝癖をかきむしる。
生理的不快感と自己嫌悪、勝手に強姦魔に仕立て上げた薫への申し訳なさにどんより落ち込む一方、張ち切れんばかりに固くなった股間を恥じてそそくさトイレへ急ぐ。
便器に掛けてドアを閉め、ズボンごと下着をおろし、性急な手付きでしごきだす。
「っ、く」
なんであんな夢で勃ってしまったのか、体の反応に後ろめたさを覚える。最初は猫になめられていた。じきに薫にすりかわった。中指の根元の歯型……まさか現実?
恐ろしい疑惑を振り払い自慰に集中、カウパーにぬる付く両手を機械的に上げ下げする。
瞼の裏にぼんやり浮かぶ薫の顔、自分を脅す酷薄な笑顔に悪寒と紙一重の快感が駆け抜ける。
『可哀想に、ペンが持てなくなっちゃいますね。スマホやパソコンキーも打てなくなる』
『右手が終わったら左手もいきます。あなたの指を全部折って、二度とくだらない記事なんか書けない体にしてあげますよ』
俺はそれを望んでるのか?
自分一人じゃやめられねえから、アイツに手伝ってほしがってるのか?
あんな夢を見ちまうくらい、心の底から自分を嫌ってるとでも言いたいのかよ。
「ッは、ん゛んっ」
夢の中の行為は偽物のはずなのに与えられた快感は本物としか思えず、それがまた混乱を招く。
直後、軽快なノックが響いた。
「入ってますか、遊輔さん」
「!」
瞬時に腰を浮かす。物音で遊輔が使用中なのを確かめ、安堵した薫が離れていく。
「よかった。部屋に見当たらないから出かけたのかと思っちゃいました」
「どこ行ってたんだよ、こんな夜遅くに」
「ちょっと息抜きに。明日帰っちゃうんじゃもったいないでしょ」
破りとったトイレットペーパーを纏め、慌てて射精する。ズボンと下着を引き上げ水を流した後ドアを開ければ、薫は眠たげにあくびしてベッドに寝転んでいた。
「一人で大阪見物かよ、水臭ェ」
「爆睡してたじゃないですか」
薫の体からは清潔なボディソープの匂いが漂っていた。数時間経過するのにと訝しみ、外出の目的を見抜く。
「みやげは?」
「はい」
横に置いたビニール袋を持ち上げる。受け取って中を改めれば、箱入りのたこ焼きが出てきた。
「コンビニスナックですけど」
「本場の味には違いねェ」
「チンしてもらったからまだあったかいですよ、夜食にどうぞ」
「胃にもたれる。半分食え」
「お言葉に甘えて」
「もっかい手ェ洗ってくるわ」
「感心ですね」
指に歯型ができた理由を聞こうか迷い、結局やめておく。寝ぼけた遊輔が勘違いした可能性も捨てきれないし、それよりなにより薫の心に踏み込む事で、自分たちの関係が決定的に変わってしまうのが嫌だった。
「遊輔さん、爪楊枝」
「サンキュ」
爪楊枝を受け取る間際、指をねじられる映像がフラッシュバックして拒絶反応が出た。
反射的に手を引っ込め、爪楊枝を落とす。薫が怪訝そうにそれを拾い、固まる遊輔の手のひらに乗せ直す。
「ドジですね」
人さし指の根元にあった歯型は薄れて消えかけていた。当然薫にも見えているはずなのに何も言わず、穏やかに微笑んでいる。
座る時に微妙に距離をとってしまったが、遊輔に避けられてるのに気付かないのか、あえて気付かないふりをしてるのか、たこ焼きを頬張る薫は終始楽しげだった。
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