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第23話

ケルベロスの愛車は何の変哲もないワンボックスカー。バックシートの窓には遮光フィルムが貼られ中の様子は視認できない。 「いかにも誘拐犯御用達だな」 「お喋りせず歩け」 「!っ、て」 若者が遊輔の尻を蹴る。抵抗は得策じゃない。大声を上げて注目を集めるか迷うも、左右にはぴったり舎弟が密着している。脇腹にスタンガンが食い込む方が早そうだ。「rabbit hole」が面した道は人通りが少なく、助けは期待できそうにない。 ケルベロスが人払いしたのだろうか?あり得る、半グレが屯する場所に近寄りたがる物好きはいない。 「ここ掘れワンワンってか」 「黙れって言ってんだろおっさん、ぶっ殺すぞ」 低い恫喝が響いた直後、ワンボックスカーのドアがスライドし、手荒くバックシートに押し込まれた。 運転手がキーを回しアクセルを踏む。遊輔を回収した車が滑らかに発進、仲間たちが分乗した車が続く。 敵の意向に大人しく従ったのは「rabbit hole」のマスターや客を巻き込まない為。 追悼パーティー開催の許可をもらうにあたり、店に迷惑をかけないと約束してしまった以上反故にはできない。彼……改め彼女は遊輔を信用してくれたのだ。 「まだ拡散してねーのは意外。動画をネタに大金脅し取る魂胆だったの」 悠馬が口角を上げ身を乗り出す。手には別機種のスマホがあった。 「お生憎様、人海戦術なめてもらっちゃ困る。俺には使える足がたくさん生えてんだ」 「増やすのは首だけにしとけ。ケルベロスだけに」 「データをよこせ」 「新しいのはパパに買ってもらったのか」 「お前がパクったのは予備。こっちが本命」 右に座ったリーダーと左に座った若者が睨みを利かす。位置取りは周到、窓際なら逃げるチャンスがあったのにと悔しがる。 「なあアンタ、惨めじゃねーの?親の脛齧りで七光ってる名門大学生にこき使われて、半グレも落ち目だな。それともおこぼれ目当て?」 リーダーが鼻を鳴らす。 「海と山どっちがいい?」 「遠足の話?」 「墓の話だよ。テメエで決めらんねーなら選んでやる、ばらしてサメの餌だ」 「はっ、わかってねーな。腐敗ガスの浮力はすげーんだ、コンクリで重ししたってすぐ浮かんでくるぞ」 「さっすが、記者の発言は説得力ある。実録犯罪コラムでも書いてきたの?同業に体張ってネタ提供するとか泣かせるねえ」 リーダーが顎をしゃくり、舎弟に遊輔の背広を検めさせる。あっさりスマホを没収された。露骨な舌打ち。 「ロックがかかってるっす」 「くそが」 悠馬が口汚く罵り、リーダーが猫なで声を出す。 「パスワードは?指紋認証?」 遊輔は白けた表情で答えず、バックシートを見回す。 「お前の車か?金持ちの坊ボンはいいの乗ってんな。で、何人ヤッたの」 「質問に答えろ」 「見覚えあるぜ、この車ん中だ。動画に映りこんでた。ファブリーズでも消せねえ、悪党どもの臭え匂いがぷんぷんするぜ」 「アンタも楽しんだの?画質が粗い方がぽくて興奮するよな」 「腐れ強姦魔が」 暴行された被害者は今もトラウマに苦しんでいる。知らず奥歯に力がこもり、語調がキツくなる。 「精神科通いしてる子。自殺しちまった子。大学辞めた子。全員の名前言えるか?」 「カネは払ったぞ」 「親のな」 遊輔は覚えている。全員の顔と名前とされたことを脳裏に刻み付け、悠馬を追ってきた。 「暗証番号は」 「37564」 言われるがまま数字を打ち込むも弾かれ、リーダーの顔が怒りを孕む。 「悪い、427427だった」 反省の色など欠片もなくへらへら謝罪すれば、車内の空気が張り詰める。悠馬がカーステレオをいじりラジオのボリュームを上げる。爆音の音楽が膨らんで鼓膜が痺れ、リーダーが煙草を抜く。 「Killer Queenか」 この頃やたらクイーンに縁がある。名曲揃いなのは認めるが、そろそろ本格的に嫌いになりそうだ。 上流階級の娼婦をテーマにした歌を大音量で流し、煙草の穂先をライターで炙る。オレンジの火が膨らんでは萎む。 「車内禁煙じゃねーのかよ。匂い付くぜ」 ツッコミは無視し煙草を燻らす。流れてきた副流煙を吸って咳き込む。畜生、人の前でうまそうに喫いやがって。三十分以上禁煙すんのは苦痛だ、ニコチンが欲しくてたまんねえ。ダメもとでせがんでみっか? 「表と裏どっち?」 「は?」 質問の意図が掴めないまま、結果を知りたい好奇心に負けて答える。 「……表」 灼熱感。 リーダーが遊輔の利き手を掴み、その甲に煙草をねじこむ。 ジュッと皮膚が焼け、たんぱく質が焦げる匂いが広がっていく。凄まじい熱はやがて耐え難い痛みに代わり、手の甲が蒸気を上げる。 「すげー顔。根性焼きってそんな痛てえの?」 悠馬の笑い声が遠く近く響き、全身から脂汗を垂れ流す。リーダーも嗜虐的に唇をねじっていた。 「っ、ぐ、ぁ」 咄嗟に唇を噛んで声を殺すも、漏れ出る吐息は押さえきれず膝が動く。リーダーはまだ煙草を押し付けたまま、ゆっくり繰り返す。 「データを渡せ」 「やだ、ね」 「そうか」 あっさり引き下がると見せかけ、手を裏返された。まさか。 「~~~~~~~~~~~~~!!」 今度は手のひらを焼かれた。熱と激痛に目を剥き、唇を噛んで仰け反る。 「こっちの方が弱ェみたいだな」 リーダーが独り言ち、ぐりぐり煙草を抉りこむ。手のひらに穴が開きそうだ。瞼の裏を過ぎる様々な断片。インタビューした被害者の顔、間宮春人や名も知らぬ被害者の顔、薫の呆れ顔……。 『無茶しすぎです』 うるせえ。 『そんなにスクープが欲しいですか』 当たり前だろ。 『やれやれ、命あってのものだねでしょうに』 「~~~~~~~ッ、フェアリー、フェラー」 「フェラがなんだって」 悶絶中の遊輔が放った単語を聞き咎め、悠馬が眉をひそめる。 「てめえが持ってた、ダークウェブの、スナッフ動画。フェアリーフェラーの殺人現場を撮った」 「アレ見たの?」 「知り合い、か」 「まっさか!たまたま手に入れたんだ」 「なんで警察に知らせなかった」 「お楽しみ打ち切っちゃもったいねーじゃん」 「被害者がどうなろうがどうでもいいってか」 悠馬が助手席から移動し、汗みずくの遊輔の頬に手を添える。目の奥には虚無があった。 「他人の不幸は最高のエンタメだろ」 気持ち悪い。眩暈がする。右手の表と裏がひどく疼き、猛烈な吐き気がこみ上げてきた。 目の前の青年が恍惚と笑み崩れる。 「女どもが無理矢理ヤられる動画は興奮したろ?」 「するか」 間髪入れず唾棄する遊輔。 芝居がかった素振りで首を振る悠馬。 「俺を恨むのは筋違いだぜ、あっちの方から下心持って近付いてきたんだ。女のステータスは金持ち高学歴イケメンとヤること」 「ドラッグ盛ったろ」 「気持ちよくなれる薬だ」 「力ずくがお好みか。レイプじゃなきゃ勃たねえのか。パソコンの検索履歴見てみたいね」 悠馬の顔が歪む。 「潰すぞクズが」 「やってみろ七光り」 遊輔は罵倒を止めない。 被害者たちの痛みを共有するべくひり付く右手を握りこみ、悠馬の目を挑むように見据え、饒舌に罵倒する。 「お前はコミュニケーション能力に根本的な問題がある、他人と対等な関係築けねーから力でねじ伏せてモノにした気になるんだ」 「やっすい心理分析だな」 「幼児期にトラウマでもあんの」 「うるせえよ」 「なんで金持ち高学歴イケメンの悠馬くんが女と長続きしねーか教えてやろうか?中身がすかすかで退屈だからだよ。困った時はパパ頼みで何一ツ自分じゃ解決できねーファザコン野郎だもんな、底が知れてんだよ。認めちまえよ、オンナ酔わせて突っ込むのはデカさとテクに自信ねーからだろ」 「黙れよマスゴミが、負け組の分際で歌ってんじゃねえぞ」 「お前がしてるのはセックスじゃねえ、レイプでもねえ、最低にかっこ悪いオナニーさ。動画に撮って拡散するとかマゾじゃねえの、全世界にマスと恥のかき捨てかよ」 図星を突かれた悠馬の顔が怒りに紅潮する。リーダーが指に預けた煙草で体の部位をさす。 「耳。舌。目。どこにする」 「ちんこ」 「相変わらずエグいこと考えんなー引くわ」 リーダーが辟易し、ゲームのチュートリアルで初期キャラを選ぶ程度の真剣さで悠馬が考え込む。 右手の表と裏に火傷を負った遊輔が、眼鏡の奥で引き歪む双眸に葛藤と憔悴を浮かべ、前髪に表情を隠す。 「……手だけはやめてくれ。商売道具なんだ」 記事が書けなくなったら困る。 自分が自分でいられなくなる。 譲れぬ一線を死守せんとする捕虜の哀願に、留飲を下げた悠馬が指を弾く。 「いいこと考えた。お前、コイツを犯れ」 理解不能な発言に硬直、ぎくしゃく左に向き直る。舎弟も驚いていた。 「俺っすか?なんで」 「ゲイじゃん」 コイツは「rabbit hole」を出るや真っ先に声をかけてきた奴だ。最初からパーティー会場に潜り込んでいた……悠馬が歌うように続ける。 「もとからあそこの常連なんだって?」 「たまに通ってただけっすよ」 「男漁りに行ったんだろ。ちょうどいいじゃん」 突拍子もない提案にリーダーが膝を叩いて笑いだす。 「王子様の仰せのままに」 「ちょ、急に言われても心の準備が。車ん中っすよ」 「やさぐれた年上が好みって言ってたじゃんか。こーゆーツキにそっぽ向かれたオッサンそそんねえ?」 「アリなし聞かれたら眼鏡はアリっすけど」 不穏すぎる成り行きにさっきとは別の種類の汗が流れ、心臓の鼓動が速まる。 「見たろ、煙草押し付けても悲鳴上げねェ。だったら別方面から攻めるっきゃねえ」 「ざけんな、ゲイだってタイプがあるんだぞ」 見当違いな反論を試みる遊輔と対照的に舎弟はまんざらでもなさげ。立場が上の二人にけしかけられ、その気になってきたらしい。考えうるかぎり最悪の展開。 「ロック解除するか」 「……」 それだけはできない、絶対に。悠馬とリーダー、そして舎弟が目配せを交わす。 「!ッ、ぐ、やめ」 おもむろに寄りかかり、背広をはだけ胸をまさぐる。 「ざけんな、よせ」 「じっとしてなきゃビリッていくぜ」 リーダーが楽しげに脅し、舎弟が息を荒げて遊輔の股間を捏ね回す。ズボンのジッパーが下がり、下着から引っ張り出されたペニスを直に握られる。 「ぅ……」 気色悪さに喉が詰まる。これから何をされどうなってしまうのか、想像することを脳が拒む。悠馬が自身のスマホを掲げ、遊輔の痴態を撮影する。 「目にはノリ入れてやるよ」 畜生、手も足も出ねえ。アレだけ啖呵切っといてざまあねえ。ゴツい手が意外な器用さでペニスをしごき、一番感じる裏筋をくすぐる。 「サイズは並か」 「笑える」 悠馬とリーダーが意地悪く冷やかし、調子に乗った舎弟が手の動きを速める。ノンケが男の愛撫で勃起するのは難しい。遊輔のペニスは力なく萎えたまま、恥辱で体が火照りだす。 ケルベロスの魂胆は見え透いていた。遊輔を辱め、その一部始終を動画に撮って脅迫材料にするのだ。 「フニャチンのままだな」 「ッ、は、どけ、よ!」 精一杯抵抗するも、バックシートに三人並んだ状態では無理がある。悠馬が舌打ちして引っ込む。 「しょうがねえな。それ使え」 グローブボックスを開き、中から何かを取り出す。遊輔の膝元に飛んできたのはウズラの卵サイズのプラスチックの球体。色は卑猥なピンクで細長いコード付き。 「お誂え向きだな」 「こないだ使ったのがまだあった」 「洗ったのかよ……」 嘘だろ。やめてくれ。泣きが入る。舎弟がリモコンのスイッチを入れるやブブ、ブブと卵が震え出す。ローター。 「ドンキってなんでも売っててすげえよな。安物だけど電池切れしてねえし使えるぜ」 合意の上で元カノに使ったことはあるが、使われる立場に回るなんて想像だにしなかった。 「はなせ、頼む、へんなことすんな」 煙草で焼かれた右手がじくじく痛む。舎弟が舌なめずりし、遊輔の先端にローターを固定する。 「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」 ローターが狂ったように振動し、恥骨から脳天へ凄まじい快感が駆け抜ける。

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